ディス・イズ・ザ・デイ 書評|津村 記久子(朝日新聞出版)|書評専門紙「週刊読書人ウェブ」
マイページで記事のブックマーク!
ログイン
マイページ登録

トップページ

特集

書評

連載

コラム

ニュース

読書人とは マイページ

読書人紙面掲載 書評
更新日:2018年8月18日 / 新聞掲載日:2018年8月17日(第3252号)

ディス・イズ・ザ・デイ 書評
「幸せ」が溢れ出しそうに 
ごく平凡な人生を少しだけ明るくする「サッカー小説」

ディス・イズ・ザ・デイ
著 者:津村 記久子
出版社:朝日新聞出版
このエントリーをはてなブックマークに追加
本書は、プロサッカー2部リーグの試合結果に一喜一憂するごく平凡な人々の人生模様を描いた連作小説だ。昨年の一月から今年の三月まで朝日新聞の金曜夕刊に、「最終節に向かう22人」の副題付きで、掲載された。これまでの作家生活の中で「もっとも幸せな仕事」だったと、作者の津村は「あとがき」に書いている。連載時に挿絵を担当した内巻敦子のにぎやかな装画によって、まさにその「幸せ」が溢れ出しそうな本に仕上がっている。

タイトルの『ディス・イズ・ザ・デイ』とは「ついにその日がやって来た」くらいの意味だ。ここでの「その日」とは架空の22チームのリーグ戦最終節を指している。そして同時に、十一の短編の登場人物たちの中で何かがほんの少し、おそらくいい方向に、変わる日のことでもある。蛇足だがイギリスのオルタナ系バンド『ザ・ザ』に同名のシングルがあり、サビでは「君の人生がきっと変わる日 収まるところに収まる日」といった意味の英語がリフレインされる。

この小説を執筆中、津村は「遠野から鹿児島まで」日本各地を取材し、いろいろな人々の話を聞いてまわったのだそうだ。J1、J2、J3のスタジアムを訪ね、クラブのない場所にも出かけた。そうやって構想された架空の2部リーグは、ネプタドーレ弘前、三鷹ロスゲレロス、熱海龍宮クラブ、オスプレイ嵐山、モルゲン土佐など、ありそうでなさそうな、そのクラブ名からして魅力的だ。チーム事情や選手の経歴も多種多様に設定され、この小説に奥行きを与えている。サッカー好きの作者が楽しんでいるのが伝わってくる。

しかし、これはコアなサポーター向けの「サッカー小説」ではない。カバー折り返しには、おそらくサッカーを知らない読者のためだろう、PKやアディショナルタイムなどの基本的な用語、それにFW(フォワード)やMF(ミッドフィールダー)などのポジションに関する簡単な解説がある。もちろん、小説の登場人物も「コアサポ」ばかりではない。

例えば、「マイナーっぽいバンドTシャツばかり着て」いる金髪の専門学校生の松下は、リーグの仕組みもよく知らないのにスタジアムで試合を観ることが大好きだ。彼とバイト先で知り合った大学生の貴志は、かつて好きだったチームを素直に応援できない自分を「なんだか窮屈なところにいたのではないか」と疑うようになり、「空の下で食事をするのと同じような開放感」を味わう。

あるいは、吹奏楽部に所属する高校生の富生は、生まれて初めてスタジアムに行って、ゴール裏でむちゃくちゃな替え歌を唱和しながら飛び跳ねるサポーターたちの姿に呆然となり、「大変なところに来てしまったらしい」と思う。だが、やがて「一種のトランス状態」に入ると「サッカーと歌とコールだけ」がそこにある状態に心地よさを感じる。

他にも老若男女、サッカーへの思い入れも様々な人々が登場するが、みんな「それぞれに、生活の喜びも不安も頭の中には置きながら、それでも心を投げ出して他人の勝負の一瞬を自分の中に通す」。そして少しだけ風通しのよくなった自分に折り合いをつけていく。

彼らを支えているのは「誇り」だ。「その土地に生きること、伝統芸能に携わること、地元のチームを応援すること」。津村は取材を通じて「誇り」という感情を持つことの大切さを考え直したのだという。

四年に一度のW杯の熱狂ばかりがサッカーではない。代わり映えのしない毎日を、地元のお祭りのように、少しだけ明るくするサッカーがあってもいい。そんなことを考えさせるこの小説は、きっと読む人の人生を「ええんちゃう」と優しく応援してくれるだろう。
この記事の中でご紹介した本
ディス・イズ・ザ・デイ/朝日新聞出版
ディス・イズ・ザ・デイ
著 者:津村 記久子
出版社:朝日新聞出版
以下のオンライン書店でご購入できます
「ディス・イズ・ザ・デイ」出版社のホームページはこちら
このエントリーをはてなブックマークに追加
高橋 雅康 氏の関連記事
津村 記久子 氏の関連記事
読書人紙面掲載 書評のその他の記事
読書人紙面掲載 書評をもっと見る >
文学 > 日本文学 > スポーツ関連記事
スポーツの関連記事をもっと見る >