いま、哲学が始まる。明大文学部からの挑戦 書評|池田 喬(明治大学出版会)|書評専門紙「週刊読書人ウェブ」
マイページで記事のブックマーク!
ログイン
マイページ登録

トップページ

特集

書評

連載

コラム

ニュース

読書人とは マイページ

読書人紙面掲載 書評
更新日:2018年8月18日 / 新聞掲載日:2018年8月17日(第3252号)

「新しい始まり」―「跳躍」のために 
明大文学部哲学科「革命」

いま、哲学が始まる。明大文学部からの挑戦
著 者:池田 喬、垣内 景子、合田 正人、坂本 邦暢、志野 好伸
出版社:明治大学出版会
このエントリーをはてなブックマークに追加
昨秋、哲学系のある学会の会議後の飲み会で一しきり話題になったのが、「明大に哲学科ができるらしい」との噂だった。「今どきそんな奇特な大学があるのか」「案外受けるかも」「哲学科志望の受験生を明大に持っていかれちゃうなぁ」と賛嘆と嫉妬と警戒心の入り混じった溜め息が洩れる。ジリ貧人文学業界に身を置く者にとって、「やるな明大。」と唸らされる、一陣の涼風のようなニュースであることは間違いない。

二〇一八年四月、明治大学文学部の心理社会学科に新設された、その「哲学専攻」の創設メンバーの教員五名が、「始まり」を迎えるにあたってピカピカの初心を述べ合ったのが、本書である。文学部長も務める合田正人の序章「哲学始めていいですか?」には、小林秀雄、唐木順三、中村雄二郎といった、往年の明大所属教員の錚々たる名前も出てくる。ひょっとして哲学科がなかったからこそ才知がのびのび輝いたのでは?と一言挟みたくなるが、ともあれ、五人の現教員が「いま、なぜ、哲学か」をめぐって座談を繰り広げ、いかに哲学を学び、教えるかに関する各自の理念を披露し合う第1章は、始まりの息吹を感じさせる。「哲学する身体」の錬成の場ができつつあることを実感する。

新しい始まりをひらくこと――これを「創設」と言う。新しきを知るには、まずもって古きをたずねる必要がある。序章で合田は、明大文学部の原初へ遡ろうと自覚的に試みていた。第2章担当の志野好伸は、近代日本と中国の西洋哲学受容当初を丁寧に顧みている。第3章担当の垣内景子は、中国「理学」的伝統の原点たる朱熹と「大和心」復権派の本居宣長とを対照させる。第4章の坂本邦暢は、近代哲学の祖デカルトの思考に機械論的自然観の成立を見届ける。跳躍するにはいったん後ろに退くのが肝要なのである。

第5章に再登場する合田は、デカルトと並ぶ近代哲学の源流の一人スピノザを取り上げる。これまた原点回帰かと思いきや、さにあらず。スピノザの『ヘブライ語文法要諦』という相当マニアックなテクストに着目することで、ドゥルーズとその師アルキエとの関係を探る、現代思想的冒険である。しかも、何語で考え何語で書くかという問題を、スピノザにおけるヘブライ語とラテン語の間柄をケーススタディとして考える、多言語論的冒険ともなっている。ここに「跳躍」はもう敢行されているかの如くである。

そして、終章をなす第6章で池田喬は、哲学を長らく支配してきた「依存から自立へ」という発想の根本的転倒を試みる。「依存」を「自立の欠如」ではなく、むしろ「自立の条件」として積極的に解すべし、とする新しい哲学的テーマ設定がここに宣言される。この新潮流には、まさに「新しい始まり」が感じられる。ここには「革命的」な何かが胚胎している。しかもその新領域が、「ケア労働」や「自立支援」の問題といった地に足のついた事例から開拓されており、「哲学プラクティス」の開発と一体となっている。「自活」の要請が、かえって「自律」を阻む、という論点はとりわけ重要であろう。

正直言って、私自身は、「自立」を普遍的目標に掲げてきた往年のスタイルをもっと大事にすべきだと思うことこそあれ、「依存」に重きを置く新しい発想の台頭には、まだついていけないところがある。しかし「相互共存」ということを語る以上、「相互依存」の関係は確かに考えなければならないし、これをさらに――ハイデガーチックと言われるかもしれないが――「相互帰属」と言い換えれば、もう少し分かる気もする。

哲学のみならず政治思想の伝統においても、「自主独立」の理念は、自由精神と革命精神の品質証明であり続けてきた。それを大胆にひっくり返して「依存の哲学」の狼煙を上げることは、どこまで可能か。ここに、明大文学部哲学専攻「革命」の成否が懸かっている――と外野で力むのは、肩入れのし過ぎだろうか。それとも、やきもちの裏返しなのかなあ。

思い入れを込めて注文を一つ。「創設行為」は、そのとき限りのものではない。とっかえひっかえする「改革」はいただけない。始まりを真に「革命的」にするには、蹶起ののち長年にわたってしぶとく存続させてゆくこと、初志を受け継ぐ者たちを育てることが、何より重要なのだ――いつの日か「創設の父祖(ファウンディング・ファーザーズ)」となるために。これを、前途ある哲学専攻への熱きエールとしよう。
この記事の中でご紹介した本
いま、哲学が始まる。明大文学部からの挑戦/明治大学出版会
いま、哲学が始まる。明大文学部からの挑戦
著 者:池田 喬、垣内 景子、合田 正人、坂本 邦暢、志野 好伸
出版社:明治大学出版会
以下のオンライン書店でご購入できます
「いま、哲学が始まる。明大文学部からの挑戦」出版社のホームページはこちら
このエントリーをはてなブックマークに追加
森 一郎 氏の関連記事
池田 喬 氏の関連記事
合田 正人 氏の関連記事
読書人紙面掲載 書評のその他の記事
読書人紙面掲載 書評をもっと見る >
学問・人文 > 哲学・思想関連記事
哲学・思想の関連記事をもっと見る >