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”Letter to my son"
更新日:2018年8月28日 / 新聞掲載日:2018年8月24日(第3253号)

Letter to my son(5)

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(c)Eiki Mori Courtesy KEN NAKAHASHI
「メントス食べる?」君は紫色(ブルーベリー味)の包みをポケットから取り出す。「さっきさー、飯田橋駅で乗り換える時、階段でメントス落としちゃって、コロンコロンって転がっていって」。そう言いながら、一粒、僕の手のひらにもコロンと落とす。

昼過ぎの九段下駅、地上へ上がる階段から、ガラス越しに君の後ろ姿が見える。雪解け水のように冬の硬さを少しだけ残した透明な風が君の髪をやさしく梳かす。「お待たせ」。君は顔をあげ、眩しそうに僕を見つめる。ふたりとも薄い青色のストライプのシャツに黒いパンツ。「服装かぶってるー」。と会うなり君は笑う。「シャツ、かわいいじゃん」。「お父さんが着なくなったやつ、実家から送ってもらった」。ぶっきらぼうだけど、少し嬉しそうだ。

眼下に恋人たちや家族連れを乗せたボートが、隠された軌道をゆっくりなぞる彗星のように、花びらに覆われた水面にテイルを残しながら進んでいく。「ボート乗ろうよ」。「え、恥ずかしいじゃん」。「じゃあシーズンオフに乗りに来ようよ」。「いいよ」。「ほんとに? 絶対だよ」。僕らはごった返す花見客を、ゆらりゆらりとすり抜けながら靖国通りを歩く。

花見後に寄った四ツ谷の喫茶店ロン。「2weeks、この前かえたばっかなのに」。と言いながら、君は花粉症でゴロついた左目のコンタクトレンズを手でつまみ、灰皿に落とす。君の世界は半分になる。帰りの明治通り、夕陽に照らされた真っ赤なドコモタワーも、光に揺れ重なるふたりのシャツも半分だけ滲み、君はよろめいて、とっさに僕の肩に手をかける。ほんの数秒間の、その手の熱と重さが、僕の身体の中へ燃えながら落ちていく。

僕は恋をしている。あの頃の詩人と同じように。ひとり、肩にそっと手を落とす。真っ赤ににじむ熱い残像を、僕に残った君の世界の半分を、必死に追いかける。
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