対談=稲葉振一郎×金子良事  「新自由主義」議論の先を見据えて  『「新自由主義」の妖怪 資本主義史論の試み』(亜紀書房)刊行を機に|書評専門紙「週刊読書人ウェブ」
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更新日:2018年8月24日 / 新聞掲載日:2018年8月24日(第3253号)

対談=稲葉振一郎×金子良事
「新自由主義」議論の先を見据えて
『「新自由主義」の妖怪 資本主義史論の試み』(亜紀書房)刊行を機に

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「新自由主義」という概念に果たして実体はあるのか。マルクス経済学、ケインズ経済学、産業社会論を中心に多角的視点を通して「新自由主義」の正体を探る『「新自由主義」の妖怪 資本主義史論の試み』が亜紀書房から刊行された。

本書刊行にあたり著者で明治学院大学教授の稲葉振一郎氏と阪南大学専任講師の金子良事氏に、本書の議論を中心にさらに踏み込んだお話をしていただいた。(編集部)

当サイトでは本編の続きも掲載します。
第1回
二〇世紀型経済論戦の構図

稲葉 振一郎氏
稲葉 
 今日は大阪から金子良事さんをお招きしました。金子さんは私とは広い意味で同門の後輩にあたり、本書の舞台裏にある発想、思考、問題意識を適切に読み取って消化できる若手としては稀有な研究者です。

そもそも本書の内容は、私が十年以上前に書いた『経済学という教養』(ちくま文庫)を反復するに終わっているところもが多いのですが、それでも二つの新しいテーマに取り組みました。一つは以前から試みつつできなかったマルクス経済学の「発展段階論」をどう評価するか。もう一つは、七〇年代から八〇年代にかけてマルクス経済学と正面から対峙していた「産業社会論」、資本主義諸国における保守本流思想の社会科学的基盤ですが、特に経済学者・社会学者の村上泰亮さんの論旨を中心に日本社会全体をどのように議論していたのか、ということの点検を行いました。
金子 
 稲葉さんが本書で挑まれた二つの経済・社会学的思想は二〇世紀のメインストリートで、両者を再評価しつつも、以前から論じられていたケインズ経済学に対する理解の歪みを矯正するという議論が本書の大きな柱ですね。

発展段階論は、マルクス経済学を構成する「原理論」「現状分析」と並ぶ三つの中心議論ですが、これまであまりうまく考察されてこなかった印象があり、そのため今ではほとんど読み返されなくなっています。
稲葉 
 だからこそ、今、発展段階論的なアイディアを用いて経済や社会を考察することの重要さを感じたわけです。
金子 
 マルクス経済学の実証分析は我々より上の世代の人たちにとって一般常識だったのであえて外向きの解説をする必要がなく、最適なテキストがありませんでした。今回の稲葉さんの本は新しい教科書になりうるだけの綿密な解説をしてくれています。思想よりも現状に関心を持つ人にこそ読んで欲しいですね。

日本のマルクス経済学は論争の歴史なんです。日本資本主義論争を起点にしていて、仮想敵に対してどのように戦うかを議論することで発展してきた。

この本を読むと、現代までの学問的対立の元となった歴史的背景がかなりクリアに見えて、全体像がつかめます。

日本資本主義論争というのはコミンテルン支部の共産党系の講座派とそれに組しない労農派の対立です。前者は日本の近代以前の天皇制という半封建的制度を市民革命で一新し、そののち社会主義革命に至る二段階革命論で、後者は日本は近代化=資本主義化しているので社会主義革命だけでいいと考えていました。
稲葉 
 日本資本主義論争的図式は案外ほかの国でも適用できるので、マルクス主義内の対立を見る上で格好のサンプルだといえますね。

日本の場合、割と政治的背景が対立論争の端緒になっていますが、決して学問的な内実を伴っていないわけではない。むしろ近代経済学を主戦場とする非マルクス主義者たちの間でも戦後日本経済の枠組みを見るための叩き台として、折に触れて重要性は強調されていましたから。
金子 
 日本資本主義論争で議論された日本が近代化出来たか否かという問題設定は、あとの章で論じられる産業社会論にも当てはまります。特に村上泰亮さんの「「イエ」社会論」の議論に関連してきますね。非西洋社会の一員たる日本が、なぜいち早く近代化を達成できたのか。それを支えた日本独自の社会基盤とは何だったのかなどは、産業社会論の要諦ですから。
稲葉 
 しかし、今お話しに出た二〇世紀中に繰り返し行われた議論は、「失われた二〇年」による日本の大停滞と、ほぼ同時期に起きた日本の周辺国のキャッチアップが一因となって、急激に陳腐化していきます。日本だけが非西洋の中で唯一近代化を成し遂げたというある種のナルシシズムは二十一世紀に入って以降、根こそぎ駆逐されてしまったわけですね。日本の成功は日本独自の特殊性によるものではないことが浮き彫りになり、旧来の問題意識が一気に古びていった。

この二〇世紀的な経済論戦の構図は今経済を学ぼうと思っている人からするとだいぶわかりにくく映るかもしれません。

私の場合は長幸男さんを参考にしていますが、彼は石橋湛山研究の第一人者で、また七〇年代にお書きになった『昭和恐慌』(岩波現代文庫)の中ですでに世界大恐慌をめぐる初期マクロ経済政策論争を活写されていて、ケインズや湛山らが論じた積極的な拡張主義と、主流派の金融財政専門家の緊縮主義の対立において、反資本主義のはずのマルクス主義者がなぜか緊縮陣営にいる、というビジョンをこの時点で描き出しています。こちらの議論の方が今は馴染みやすいでしょうし、本書の論旨もトータルで見ると長の考察に近いといえます。

一方で今日理解されにくい二〇世紀型の議論もまだ生き延びているので、それをどう整理するのかが本書の眼目です。
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この記事の中でご紹介した本
「新自由主義」の妖怪 資本主義史論の試み/亜紀書房
「新自由主義」の妖怪 資本主義史論の試み
著 者:稲葉 振一郎
出版社:亜紀書房
以下のオンライン書店でご購入できます
経済学という教養/筑摩書房
経済学という教養
著 者:稲葉 振一郎
出版社:筑摩書房
以下のオンライン書店でご購入できます
「経済学という教養」出版社のホームページはこちら
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