対談=稲葉振一郎×金子良事  「新自由主義」議論の先を見据えて  『「新自由主義」の妖怪 資本主義史論の試み』(亜紀書房)刊行を機に|書評専門紙「週刊読書人ウェブ」
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更新日:2018年8月24日 / 新聞掲載日:2018年8月24日(第3253号)

対談=稲葉振一郎×金子良事
「新自由主義」議論の先を見据えて
『「新自由主義」の妖怪 資本主義史論の試み』(亜紀書房)刊行を機に

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第3回
そもそも新自由主義とは?

金子 
 本書は稲葉さんによる新自由主義の捉え直しがコンセプトにありますので、新自由主義というものどう見るのかという点を、少し議論していきましょう。
稲葉 
 本書で新自由主義のことをあれこれ論じる以前から、この言葉には実体がないし、意味する部分もあまりに広範なので、これは市場経済のあり方そのものを批判したい人たちが、気に入らない言論にレッテルを貼っただけのものに過ぎないのではないかと認識していました。
金子 
 その意見は私も全く同感です。だから新自由主義というフレーズを使いたがる人が書いた文章は基本的に読まないようにしています(笑)。
稲葉 
 こういう発言をするから私を新自由主義の賛同者だと見る向きがあるかもしれないが、そもそも私自身「ネオリベ」と呼ばれる略語自体、生理的に不愉快でした。ネオリベを肯定する側も否定する側も一様に下品だと思っている。
金子 
 改めて新自由主義の通俗的理解をおさらいすると、財政を緊縮気味に調整すること、産業政策おける規制緩和を促進することの二つの柱があります。
稲葉 
 ようするに、国からの保障を最小限にする「小さな政府」をどこまで目指すかという議論ですよね。特に二〇世紀の間に規制をかけ保護してきた社会基盤となるインフラストラクチャ、交通、通信、貿易、金融などから政府の保護を取り払って、民間の自由市場経済に委ねてしまおうとする考え方です。

金融はそもそも市場経済の根幹に位置していますが、国家運営に対する影響も大きいのでかつては半ば公的なインフラとみなされ、他の産業インフラ同様にガチガチに規制されていました。
金子 
 特にアメリカは大恐慌の影響で金融に対する規制を強めたために、それ以降は民間がその網の目を縫って抵抗する形でイノベーションを起こしてきた歴史といってもいい。
稲葉 
 本書でも論じましたが、金融と一口にいってもミクロとマクロという全く別のベクトルの経済議論があります。極めて簡単に申せば、ミクロ経済では家計や企業、銀行などに対する個別具体的なマネーの動きをどう見るかです。片やマクロ経済は中央銀行の貨幣供給政策を主体とし、一国全体のマネーの動きを捉える見方であってここが財政の問題と関わってきます。

新自由主義を語る上で代表的な経済学者にミルトン・フリードマンとフリードリヒ・ハイエクが挙げられ、一様に市場原理主義的だと批判されます。確かに両者ともミクロ的見解では市場重視で一致していますが、マクロ的見解は大きく異なります。

フリードマンは国家に属する中央銀行がその国の貨幣発行に責任を持ち、貨幣量をコントロールして経済全体を監督する必要を説いていますが、ハイエクは貨幣発行までも全て民間金融セクターに委ね完全に自由化してしまおうと考える。

一国の貨幣をどう扱うかという議論でさえここまで隔たりがあり、両者を同一視する議論は的外れになってしまうのですが、新自由主義批判をする人たちはどうもこういったマクロ的理解が欠落している。
金子 
 一般的に新自由主義は経済学的な側面で捉えられがちですが、日本の場合、中曽根と総評=社会党セクターの対立という政治的な話なんですよ。欧米が七〇年代の福祉国家の危機をきっかけに財政の緊縮と基幹インフラの規制緩和の二本柱で社会が変化していった流れと同様に説明するのは、新自由主義的なるものとして後付け的に理解していったと言えるでしょう。まだその時期の日本経済は強くて、日本的経営が世界から注目されていて、それで浮かれていて見えなくなったものがある。

しかも、そもそも論を言うと、日本の場合、緊縮的ではなかった時期って近代化以降はむしろ非常に稀だったんですね。
稲葉 
 つまり明治から現代に至るまで、金融を主体にした経済政策がほとんどなかったと。
金子 
 明治初期、政府は殖産興業を推し進める拡張路線を取りましたが、外債での調達を主張した大隈が松方に敗れた後は基本、緊縮路線です。

なぜ日本が緊縮的な道を辿ってきたかというと、西洋諸国と比べ貧乏であるという思いがはじめから強かったからです。先に近代化を遂げた西洋と比べ貧しいから、なんとかお金を工面しようとした。

例外は戦争と高度成長です。オイルショックをきっかけに、今までのような高度成長は続かないというのを所与の条件に、社会・経済をどう維持するのかというのが今日まで続く問題意識です。
稲葉 
 日本の緊縮観念は殊の外根深いですよね。
金子 
 私はこういう長期的なパースペクティブで物事を考えることの方が新自由主義なるものを論じるよりもはるかに重要だと考えています。民間レベルから果ては政治家に至るまで、幅広い意識の中に「お金がなくて貧乏なんだ」という感覚が無条件で根付いてしまっているので。
稲葉 
 経済学者の松尾匡さんらが一生懸命、国家の借金と民間の借金は全く概念が違うものですよ、と言ったところでなかなか理解が深まらないですしね。
金子 
 八〇年代の第二次臨時行政調査会で会長を務めた財界の大物、土光敏夫さんなんて「メザシの土光さん」というキャッチコピーで多くの人から支持されましたよね。これってまさにお金を持っているのに浪費しない典型的な清貧マインドで、確かに国民受けする価値観ですよ。基本的に予算の伴わない改革は疑った方が良いですし、予算をつけないで人に改革を求める人は政府でも民間の会社でも信用しなくてよいと思います。
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この記事の中でご紹介した本
「新自由主義」の妖怪 資本主義史論の試み/亜紀書房
「新自由主義」の妖怪 資本主義史論の試み
著 者:稲葉 振一郎
出版社:亜紀書房
以下のオンライン書店でご購入できます
経済学という教養/筑摩書房
経済学という教養
著 者:稲葉 振一郎
出版社:筑摩書房
以下のオンライン書店でご購入できます
「経済学という教養」出版社のホームページはこちら
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