対談=稲葉振一郎×金子良事  「新自由主義」議論の先を見据えて  『「新自由主義」の妖怪 資本主義史論の試み』(亜紀書房)刊行を機に|書評専門紙「週刊読書人ウェブ」
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更新日:2018年8月24日 / 新聞掲載日:2018年8月24日(第3253号)

対談=稲葉振一郎×金子良事
「新自由主義」議論の先を見据えて
『「新自由主義」の妖怪 資本主義史論の試み』(亜紀書房)刊行を機に

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第5回
ケインズ主義的福祉国家の内実と各国の危機対応

金子 
 先にも話しましたが、そもそもケインズ主義的福祉国家と呼ばれ、イメージされる社会保障政策の中身は厳密にいえばウィリアム・ベヴァリッジが発表した「ベヴァリッジ報告」です。

一口に福祉国家といっても、狭義の福祉国家と広義の福祉国家、二つの定義があり、まず狭義の福祉国家が前提にしているのは完全雇用プラス社会保険の二つ重視した社会のことです。これで零れ落ちるものを公的扶助が補完します。前述のベヴァリッジ報告はこの狭義の福祉国家の定義に当てはまりますね。逆に広義の福祉国家は狭義の範囲では収まらない現代的な社会労働行政全般のことです。

ケインズ主義的福祉国家の議論をする上で狭義の福祉国家がいかに形作られたか、戦争との関係は外せません。四一年の大西洋憲章制定の際にルーズベルトとチャーチルによって社会保障が戦後の安全保障体制の中に組み込まれ、結果的に同じ方向を目指していく指針になったのです。
稲葉 
 つまり戦後すぐの社会保障政策、福祉国家という概念は現在のように各国が独自で運用するという考え方ではなく、戦勝国の傘のもとで共有する安全保障政策の一環だったわけですね。社会保障制度を設計する上でもパックス・ブリタニカ、パックス・アメリカーナ的なアイディアが構想のベースにあった。
金子 
 ところが、社会保障を取り巻く戦後体制は一九七〇年代の世界的な金融体制の変化とオイルショックによって大きな転換を迫られます。それがケインズ主義福祉国家の危機と呼ばれるものです。ただ、安全保障の傘の元にいた全ての国が一様な理由で社会保障体制を見直したわけではなく、各国それぞれ個別具体的な事情がありイギリス、アメリカ、日本が一蓮托生だったわけではない。

例えばイギリスの場合、国内製造業はすでに日本やドイツといった当時の復興国に負けて行きますし、戦前までの植民地は次第に独立していって、国家の規模がどんどん縮小していました。さりとて一等国としてのアイデンティティである自国の経済基盤を強固に保つため、緊縮思想的な転換を求めました。

一方でアメリカは東西冷戦における西側諸国の盟主として、西側の復興国に気前よくお金やノウハウを与え、東側からの脅威に備えていきましたが、ベトナム戦争で失敗して流れが変わります。何よりアメリカの気前よさの恩恵を受けた日本などが次第にアメリカの想定以上の産業規模を築くようになったこともあり、他の国の面倒を見る余裕がなくなってしまった。発展途上国の開発支援を長く日本が世界でもっとも負担して来たのもその役割分担の一環です。
稲葉 
 世界の盟主たる自負はありつつも、各国に応分の負担を求めようという話が出てくるわけですね。
金子 
 では同じ時期の日本はどうだったか。はっきり言って、経済がいかに強かったとしても、安全保障的なインパクトという意味で、一九七〇年代の英米と並べるほどの価値は日本にはありません。よく日本は米英の転換に追随したと言われていますが、その見方は誤りで、むしろ日本はベヴァリッジ的な福祉国家、完全雇用と社会保障をベースにした福祉国家作りにおいては恐らく世界一の優等生です。
稲葉 
 まさに中間層の拡大と充実がもたらした結果といえますね。
金子 
 なにより当時の日本は経済的に成功していたから、先の二国のように政策をシフトする必要がなかったんです。その体制は今でも変わっていないといえる。

日本社会に狭義の福祉国家観が残っているということは、逆に言うとベヴァリッジが論じた社会保障を扶助する際にスティグマを与え、やる気を換気し国家を発展させるという、今では国際的には人権的に完全に許されない旧時代の社会保障観が、未だに平気でまかり通ってしまうことを意味します。
稲葉 
 今、世界の社会保障に対する考え方が多岐に渡る中、日本の福祉政策は五〇年前のまま止まってしまっている。
金子 
 日本が狭義の福祉国家の枠を超えて広義の福祉国家になるためにはまだまだ時間がかかるでしょう。
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この記事の中でご紹介した本
「新自由主義」の妖怪 資本主義史論の試み/亜紀書房
「新自由主義」の妖怪 資本主義史論の試み
著 者:稲葉 振一郎
出版社:亜紀書房
以下のオンライン書店でご購入できます
経済学という教養/筑摩書房
経済学という教養
著 者:稲葉 振一郎
出版社:筑摩書房
以下のオンライン書店でご購入できます
「経済学という教養」出版社のホームページはこちら
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