対談=稲葉振一郎×金子良事  「新自由主義」議論の先を見据えて  『「新自由主義」の妖怪 資本主義史論の試み』(亜紀書房)刊行を機に|書評専門紙「週刊読書人ウェブ」
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更新日:2018年8月24日 / 新聞掲載日:2018年8月24日(第3253号)

対談=稲葉振一郎×金子良事
「新自由主義」議論の先を見据えて
『「新自由主義」の妖怪 資本主義史論の試み』(亜紀書房)刊行を機に

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第6回
変わる社会と変わらぬ日本の大きなビジョン

稲葉 
 金子さんのお話に出た、ケインズ主義的福祉国家の危機に際してのイギリスとアメリカ、二大覇権国による社会保障政策の明確な転換こそが、今日に連なる社会構造の変化をもたらしたと前提にされがちですが、もしも、七〇年代から八〇年代にかけて政策思想の転換がおきなくても、民間の産業畑では経済的利益を原動力として日進月歩で技術革新が進めていたので、つまるところ同じような道をたどっていたかもしれませんよね。だから一概に新自由主義的な政策転換のみで社会構造の変化を論じ、あるいは批判を加えるのは難しいでしょう。
金子 
 おっしゃるとおりで、七〇年代の金融システムの変化を論じる上で、むしろ技術革新によってもたらされた部分が大きかったと見ています。

その要因に、六〇年代から七〇年代に起きた半導体革命があって、扱える情報量が従来とは比べ物にならないほど増えたんですね。同時に企業内あるいは企業外ネットワークが発達しました。その恩恵を享受したのがアメリカ金融界で、貨幣流通の規模が拡大し、コントロールも以前と比べさらに容易になりました。たとえて言うならば体を流れる血液の導線となる血管が太く、より隅々にまで張り巡らされ、体すなわち経済規模が大きくなったというイメージでしょうか。

ようするにこの時代に起きた社会転換をサッチャーやレーガン、中曽根によって想起される緊縮、規制緩和の議論で収斂させてしまうと、こういった大きな出来事でさえ見落としてしまうことになりかねません。
稲葉 
 今お話に出た技術革新は他にも製造業の姿も変えましたよね。
金子 
 流通もです。産業構造はほとんどが変ったんじゃないですか。
稲葉 
 さらにいえば、今日的なIT革命がもたらしたインターネットの大衆化による新自由主義化の加速、あるいは産業社会論者たちがイメージしたギフト・エコノミーの世の中に至る気配はない。現実はそこまで単純ではないわけですよ。

結局、実体経済しか捕捉していないから、経済を語るときに新自由主義という割とお手軽なフレーズをスローガンに掲げたくなるわけですね。気持ちはわからなくはないですが。

日本経済の評価あるいは特性を考察する際、特に産業社会論側から引き合いに出されるのが八〇年代「ジャパン・アズ・ナンバーワン」のバブル期ですが、やはり製造業や貿易産業などの実体に目が行きがちで、マクロ経済の議論にまではこぎ着けなかった。金融を語る場合にはミクロ的な日本型メインバンク論にとどまる程度だったわけで。ただ、この日本型メインバンクの仕組みこそがバブル崩壊後の金融セクターの危機を作る要因だったわけですが、当時は知る由もない。
金子 
 バブル崩壊以降は日本産業の裾野に位置する中小企業や自営業者に対して銀行から特に厳しい貸し渋りが行われましたよね。これは本当に死活問題で、さらに、大企業などとは異なり承継問題も相まって、事業を畳まざるを得なかった企業や自営業者が続出しました。この問題って先程申した中間層を厚く保つための公教育と雇用を促す狭義の福祉政策を先々のビジョンもろくにないまま維持してきたことによる弊害だといえますよ。
稲葉 
 それは労働経済学者の神林龍さんの『正規の世界・非正規の世界』(慶應義塾大学出版会)での指摘ですね。まさにこれからの日本の労働経済を考える上で極めて重要な論点でしょう。

産業社会論を踏まえた村上は、日本の社会構造の中核の「新中間大衆」を、被雇用者、サラリーマンたる新中間層と、農家や自営商工業者など旧中間層を包括する巨大な塊りで見ていたのですが、実は村上らが想定していた以上に、日本において旧中間層、個人や家庭レベルで営む自営業者のセクターは大きな存在だった。しかし「失われた二〇年」を経て、新中間層の生活を支えた大企業のいわゆる「日本的雇用慣行」が揺らいでいるといわれる一方で、中小企業セクターの方も、もはやかつての自営業者の生活基盤であり続けることができるのかどうか、定かではなくなっている。
金子 
 特に自営の方たち、例えば農家や、商店街でお店を営まれている人たちなどは、朝から晩まで働きながら子どもたちに学校を卒業させ、就職させますが、その後、子どもたちが安定した働き口をやめて家業に戻るとなると、収入はきつくなる一方だから、親心としてはそのような労働環境を継いで欲しいとは簡単には言えません。それを一概にダイエーやイオンといった量販店、市場経済の権化なるものが悪いという話に収斂させてはいけない。
稲葉 
 日本の労働構造の重大な欠陥が露見しているにも関わらず、社会がいかに対応するのかという総合的ビジョンはまだ出てきていないのが実情ですね。
金子 
 技術革新しかり、経済の重篤な危機しかり、時代が進むにつれ国内外問わず社会がどんどんと進んでいく中で、日本は大きなビジョンが五〇年前からほとんど変っておらず、それゆえ制度疲労がいたるところから噴出してきています。それにもかかわらずレッテル貼りなどをして社会全体が悪い方向に変ったように見せかけ、議論を収斂させることが問題なのではないでしょうか。変わったものと変わっていないものをきちんと分けて議論することがこれからは求められるでしょうね。

(おわり)
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この記事の中でご紹介した本
「新自由主義」の妖怪 資本主義史論の試み/亜紀書房
「新自由主義」の妖怪 資本主義史論の試み
著 者:稲葉 振一郎
出版社:亜紀書房
以下のオンライン書店でご購入できます
経済学という教養/筑摩書房
経済学という教養
著 者:稲葉 振一郎
出版社:筑摩書房
以下のオンライン書店でご購入できます
「経済学という教養」出版社のホームページはこちら
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