送り火 書評|高橋 弘希(文藝春秋)|書評専門紙「週刊読書人ウェブ」
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読書人紙面掲載 書評
更新日:2018年8月25日 / 新聞掲載日:2018年8月24日(第3253号)

作家が持っていた比類のない独自性は今後どう生かされるのか

送り火
著 者:高橋 弘希
出版社:文藝春秋
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送り火(高橋 弘希)文藝春秋
送り火
高橋 弘希
文藝春秋
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もう十年以上前のことになるが、当時三十三歳の男性が、高校時代に自分をいじめた同級生の家に爆発物を仕掛けようとして失敗、逮捕された事件があった。十五年以上も前のいじめに対する報復としては過剰な印象を与えるかもしれないが、かつていじめられっ子だった私にはよくわかった。一度いじめられた人間は、「いつかまたいじめが始まるのではないか」という恐怖から逃れられない。それを逃れるにはいっそ我が身を人外へと変えて、自分自身が手の出しようもない恐怖の対象となるしかないのである。

最新の芥川賞受賞作である高橋弘希の『送り火』はいじめ小説である。この作家の小説は、語り手が焦点のぴたりとあったカメラのような観察力を持っているのが特徴だ。この作品では転勤族の少年・歩が青森県平川市近郊の廃校寸前の中学校に三年生の一年間だけ通うことになる。そこで歩は五人の同級生の力関係を観察し、その中にうまく自分を位置づけることに成功する。リーダーの晃と仲良くなり、同級生らのナイフの万引きに参加し、時折暴力的ないじめが噴出する中でも、うまく中立的な観察者の立場に身を置いたかに見えた。

クラスのいじめられっ子である稔は集落の精肉店の息子だ。歩を除き、ほかの四人のうち三人は兼業農家、一人は医者の息子である。医者の息子は別格だが、明るい見通しのない兼業農家の息子たちはやがては集落を離れていく可能性が高い。稔一人は商売人の跡継ぎとして、顧客である住民たちに嫌われないように身を処し、店が続く限り集落で生きていくしかない。それが稔の立場を一層弱いものにしている。

晃は花札のゲームのいかさまでいつも稔を負かし、みなにジュースや食べ物をおごらせている。稔の精肉店でみなが稔から巻き上げたカネでコロッケを買う場面があるが、おそらく両親も何が起きているかは知っている。だが狭い集落で同級生たちが顧客の息子であれば、ある程度のことは我慢するしかないのだ。

この小説は約十年前の設定だが、かつての活力をとうに失い、荒廃へと向かう農村を舞台にしている。印象的なのは生徒たちがダムを見学する場面だ。晃は歩に「水の底さ沈んだ村は、幸せだね。」と言う。「国庫の補償金ば、たんまし貰ったらしいじゃねえか。なんなら俺達の村も、ダムの底さ沈めてほしいけな。」歩は晃の真意がつかめず困惑する。一行が外に出ると、ダム湖上空の青い空の中を一羽の白い野鳥が飛んでおり、やがて深い緑の中へと消えていく。この白い野鳥は歩だ。何の展望も持てず、いっそダムに沈むしかないような集落のはるか上を、悠々と飛んでいく白い鳥。

最後の場面で先輩からの暴力に耐えかねて爆発する稔の怒りは、自分をいじめてきた晃ではなく、歩へと向かう。それは日本社会の周縁に位置する農村の、さらに底辺に押し込められた稔の反撃だ。いわば水底から青空を飛ぶ白い鳥への反撃なのである。その情念が人の形をしたマガゴトを焼いて村の外に流す他者排除の「習わし」と重ねられて、小説は終わる。

それにしても、最後の場面の評価は難しい。いじめられっ子の抱える抑圧や恐怖の大きさを知るものからすると、稔の反撃は荒唐無稽なものに感じられる(事実、冒頭の事件でも、いじめられっ子が反撃するまでに十五年以上を要している)。描写もホラー映画を思わせる、作り事めいたものではないか。小説とは要は作り事なので、それ自体は構わないにしても、それでは『指の骨』から『スイミングスクール』まで高橋が追求してきた禁欲的なまでに現実の肌触りにこだわった作品の試みは何だったのか。習作に過ぎなかったのか。

『日曜日の人々』以来、高橋の作品は目立って物語的な推進力を得た。読みやすくなることでもあり、文学賞を得るなど高い評価が伴うようになってきた。ただそれは一面で「よくある小説家」の一人になることでもある。新人作家として高橋が持っていた比類のない独自性は、今後どのような形で生かされていくことになるのだろうか。
この記事の中でご紹介した本
送り火/文藝春秋
送り火
著 者:高橋 弘希
出版社:文藝春秋
以下のオンライン書店でご購入できます
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