リンカーンとさまよえる霊魂たち 書評|ジョージ・ソーンダーズ(河出書房新社)|書評専門紙「週刊読書人ウェブ」
マイページで記事のブックマーク!
ログイン
マイページ登録

トップページ

特集

書評

連載

コラム

ニュース

読書人とは マイページ

  1. 読書人トップ
  2. 書評
  3. 読書人紙面掲載 書評
  4. 文学
  5. 外国文学
  6. アメリカ文学
  7. リンカーンとさまよえる霊魂たちの書評
読書人紙面掲載 書評
更新日:2018年8月25日 / 新聞掲載日:2018年8月24日(第3253号)

リンカーンとさまよえる霊魂たち 書評
「奇妙奇天烈な幽霊譚」 
今後アメリカ文学を語る際に不可欠の一冊

リンカーンとさまよえる霊魂たち
著 者:ジョージ・ソーンダーズ
翻訳者:上岡 伸雄
出版社:河出書房新社
このエントリーをはてなブックマークに追加
短編の名手として知られる米国の作家、ジョージ・ソーンダーズは初の長編となる本作で2017年度のブッカー賞を受賞した。前年度につづき、米国人作家が英国の権威ある同賞を獲得したとして話題になった。アメリカという国を色濃く映し、現代へと続く問題定義を様々な角度から投げかける重厚な作品と言えるのだが、本書の印象を一言で言うならば、「奇妙奇天烈な幽霊譚」である。

舞台は北米戦争只中のアメリカ。俗世に残す未練が大きいあまりに、次の段階に進もうとしない霊魂たちがとどまっている墓地に、早世したリンカーン大統領の息子ウィリーがやってきたことから起こる騒動が、霊魂たちの独白と、当時の記録、日誌、手紙などの文書をつないで綴られる。地の文は存在せず、それぞれの個性が炸裂する「語り」を読んでいると目眩を覚える。それに拍車をかけるのが霊魂たちの奇怪な姿。それぞれが抱える強い未練がシンボルと化して異様な容貌を作っているのである。幼な妻と契りを交わす寸前でそれが叶わなかったことを惜しむあまり、素っ裸で巨大な性器を屹立させている男がいれば、世の中の美を味わいそこねたことが口惜しく、目、鼻、手が無数に増殖している男もいる。つぎつぎに登場する霊魂たちのなかから、この二人に加えてムンクの「叫び」のような恐怖の表情を顔に貼りつかせたままの牧師が主要な狂言回しとなる(この恐怖は何故なのか、それもまた本書のテーマのひとつである)。

ウィリーの到来まではわが身を憐れむばかりだった霊魂たちが、この墓地にとどまりたい、と我を張る彼を送り出すため、力を合わせて奔走する。なぜなら、子どもが居残るのは禁忌なのだ。残った子どもにはむごい仕打ちが待ち受けていることを、彼らはわかっているのである。

水木しげるの世界の西洋版ともいうべき奇怪な姿の霊魂たちが奮闘するドタバタ劇は、まるでコントだ。だが、喜劇と悲劇は表裏一体。そこには、霊魂たちの数だけ悲劇がある。自分の話を聞いてくれと霊魂たちが必死に語る彼らの人生は、それぞれがアメリカの歴史であり、人間の醜さと愚かしさである。同性愛であることに悩む男。「よくしてもらった」からこそ人間らしい生き方の本質を問う黒人奴隷。あらゆる男たちに犯された美しい混血の娘。地獄に落ちた者たちが語る、非情な犯罪の数々。

一方で、我が子を喪い慟哭する大統領は、自らが指揮する戦争がもたらしている大勢の死と、その家族の悲嘆の深さに思いを巡らす。このとき大統領が下した重大な決断がその後のアメリカの指針となることをわれわれは知っている。彼のこの決意を、さらにはこの物語の結末を、現代アメリカの人々はどう読んでいるのか、興味深いところだ。

この暗黒の悲喜劇のなかでひときわ輝くのが無垢なウィリーの愛らしさだ。彼を救わんと奔走する大人(聖霊)たちは、この子が放つあまりにもまっすぐな言葉に射抜かれ、結果的には救われもする。「まさかソーンダーズの小説で泣くとは思わなかった」とは、訳者の言葉である。今後アメリカ文学を語る際に不可欠の一冊となるだろう。(上岡伸雄訳)
この記事の中でご紹介した本
リンカーンとさまよえる霊魂たち/河出書房新社
リンカーンとさまよえる霊魂たち
著 者:ジョージ・ソーンダーズ
翻訳者:上岡 伸雄
出版社:河出書房新社
以下のオンライン書店でご購入できます
「リンカーンとさまよえる霊魂たち」出版社のホームページはこちら
このエントリーをはてなブックマークに追加
木下 眞穂 氏の関連記事
上岡 伸雄 氏の関連記事
読書人紙面掲載 書評のその他の記事
読書人紙面掲載 書評をもっと見る >
文学 > 外国文学 > アメリカ文学関連記事
アメリカ文学の関連記事をもっと見る >