脱北者たち 書評|申 美花(駒草出版)|書評専門紙「週刊読書人ウェブ」
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更新日:2018年8月25日 / 新聞掲載日:2018年8月24日(第3253号)

脱北者たち 書評
「脱韓者」の著者が伝える「脱北者」
脱北後の人生を聞き取る証言集

脱北者たち
著 者:申 美花
出版社:駒草出版
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脱北者たち(申 美花)駒草出版
脱北者たち
申 美花
駒草出版
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平壌には一度だけ、取材で行ったことがある。リ・ドンギュウという帰国者にどうしても会いたかったのである。1934年生まれのドンギュウさんはかつて東京教育大のサッカー部のエースとして関東大学リーグで活躍し、母校が2部リーグ降格の危機に陥ると入院中の西新井病院から駆けつけて法政との一戦を制し、チームメイトや下級生からの尊敬を集めていた。しかし、卒業後は「帰還事業」で北朝鮮に帰国。平壌ではサッカー解説者として名を馳せていた。「ドンギュウさんは、本心は帰国されたことをどう思われていますか」、インタビューは日本語ではなく対文協の通訳がついたために残念ながら、核心についての話にはなかなかたどり着けなかった。

7月8日、大阪で「在日帰国者は北朝鮮でどう生きたか?」というイベントが催された。在日コリアンでで北朝鮮から脱出した人を招いて、その証言を聴くと証言集会であった。かの地で40年を暮らしながら脱北に成功して今は韓国で暮らす女性が登壇された。渡航する前、先に家族と一緒に帰国していた兄からは言外に「こちらに来てはいけない」という手紙をもらってはいたが、親族に会いたい一心で決意した。しかし、平壌に到着してみるとすでに父親は亡くなっていた。兄は怒った。「なぜ来たのか」

北朝鮮での自由の無い苦しい生活は想像以上だった。家族も出来たが、兄も息子も政治犯として処刑され、本人も地方に移住させられた。集会では、北朝鮮で生きた帰国者の記憶を証言集として、書き残すという作業を今後進めることが宣言された。この「北朝鮮帰国者の記憶と記憶する会設立準備会」が帰国者たちの北朝鮮での生を書き残そうとしているのに対し、本書『脱北者たち』はいわば、脱北した者のその後の人生を聞き取った証言集である。韓国生まれの著者、申美花はバリバリの反共教育が施された1960年代に少女時代を過ごす。その後、日本留学とキャリアウーマンとしての生活、二人の幼子を連れてのニューヨーク留学などを経て大学教員と会社経営の二足のわらじを履き、化粧品ビジネスにも参入する。このプロローグだけでも十分面白いのにテーマは満を持して2015年から始まる。

老親に会うために韓国に訪れた申はそこで泣きながら半生を語る脱北者の女性の姿をテレビで観て衝撃を受けるのである。女性は北朝鮮に残して来た母親が、飢えと病で亡くなってしまったことを電話で知り号泣していた。「白いご飯をお母さんにお腹いっぱい食べさせてあげたかったのに」。韓国へ呼び寄せるためにブローカーに払う資金を必死に貯めた直後だった。「そのとき初めて『私たちは同じ民族だ』と気づいた」「どうして今まで彼女らの事情を知ろうとしなかったのか。自分の無関心も罪だ」そして脱北者のことを調べて彼らの現実を世に知らせようと決意するのだ。申自身が彼女たちと自分の人生との共通点を見出す。すなわち、「脱北者」が独裁恐怖政治の北朝鮮から逃げて来たのなら、自分もまた軍事独裁と男尊女卑の韓国から日本へ逃げた「脱韓者」であると。

この豊穣な想像力こそが、申を手練れのインタビュアーに仕立て上げ、数々の真理や本音を脱北者たちから引き出すことを成功させたのだと思われる。公開処刑を当たり前の風景のように見ていた幼少期や、中国で人身売買された過去を持ちながら、脱北した後も不屈の精神で起業し、成り上がっていく過程には、括目すべき新しいアイデンティティーの確立がある。韓国に暮らす約3万人の脱北者の内、本書に登場するようなビジネス界の成功者はまだまだ少数者であろう。それでもその様な人たちの姿が可視化され、言語化さることで世界中の多くの越境者たちに勇気を与えることは間違いない。
この記事の中でご紹介した本
脱北者たち/駒草出版
脱北者たち
著 者:申 美花
出版社:駒草出版
「脱北者たち」は以下からご購入できます
「脱北者たち」出版社のホームページはこちら
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