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更新日:2018年8月28日

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日本社会の中間層の見方 持ち家奨励について

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稲葉
 我々の先輩筋にあたる金子勝さんの議論の援用になりますが、日本の中間層の構造を見る上で、日本型企業による従業員統合の中軸にある持ち家奨励の仕組みは重要です。
そもそも、日本の社会保障政策では住宅保障にあまり真剣に取り組んでこなかった節があって、公営住宅はあることはあるけれども、増大する一方の雇用労働者を中心とする都市住民の住宅需要に対して、十分に応えてきたわけではありませんでした。

しかし当然ながら従業員に住むところがなければ仕事に従事できず、企業は必要な人員を確保できなくなってしまうので、人材をつなぎとめる仕組みとして企業は早いところでは戦前から社宅を設けていきました。従業員からしてみても公共住宅で暮らすよりも社宅の方が安心できますよね。ただ、ある時期を境に社宅での対応も間に合わなくなってくる。そこで企業は従業員の「住」を保障するために、持ち家の奨励をしだします。従業員が家を持つために企業からの扶助は当然のこと、住宅金融公庫などの公共政策サイドもそこに相乗りするようになり仕組みの整備が進んでいくようになっていきます。狭い意味での社会保障の枠外にありながらも、日本の企業を主体に社会、国家までが一丸となって「ちゃんと働けばマイホームが買えますよ、持ち家はいいものですよ、ローンなどいろいろな仕組みを作って財政的に優遇しますよ」といった呼び水を差しながら、中間大衆の住環境を整えていったわけです。

住む場所を確保させることが企業による従業員統合の一貫であり、同時に戦後の日本社会の中間層が同じ向きで進んでいくための指針にもなったわけです。さらに付け加えるなら、持ち家を持つために個々人が銀行からファイナンスする必要があったため、住宅ローンを取得させることは金融セクターの中に人々をつなぎとめることにもなったのですね。

金子
 よく日本には住宅政策が欠けているといわれますが、全くなかったわけではないです。高度成長期を前に農村から都会に出てくる人たちに住宅を供給しなければならなくなったのですが、受け入れ側の対応規模や速度は例えば一九二〇年代くらいに相次いで建てられた同潤会アパートの域では済まなくなります。いかんせん住宅政策にも都市計画にも限界があり、違う解決方法をもってしてそのスピード感に対応しなければならなくなりました。

今稲葉さんのお話に出た企業や国による持ち家奨励はこの地方から出て来た人を対象とした第二ステージで、これは六〇年代に作られてきた流れです。そこで設計された制度が長期雇用を前提としたローンの仕組みと財形貯蓄ですね。同時代に普及してきた家族計画とともに、長期雇用と一体になった生き方が完成して来たと言えます。

また、持ち家奨励には防貧の意味合いがあって、都会に職を求めたサラリーマンは農村の人たちのように土地や家を持っていないので、将来定年で引退したときに拠り所となる我が家があれば安心できます。さらに当時はインフレですから、不動産価値は高騰するだろうと考えられていたため、将来の担保としての意味合いも含まれていたのですね。

こういった日本の住環境を取り巻く議論はあまり注目されてこなかったですが、村上泰亮が捉えた戦後日本社会、あるいは中間層といったテーマに関わってくるもう一つの大きなトピックです。そしてこの仕組みは今も維持されていますが、肝心の安定的な雇用が難しいなかでは、恩恵にあずかれる人は限定されてしまうでしょう。

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