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”Letter to my son"
更新日:2018年9月4日 / 新聞掲載日:2018年8月31日(第3254号)

Letter to my son(6)

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(C)Eiki Mori Courtesy KEN NAKAHASHI
彼と初めて会ったのは、ある朗読会だった。

私はチャイナタウンに住んでいて、出かけると言っても、せいぜい書店やセントラルパーク、美術館、ギャラリーで、マンハッタンから出ることはほとんどない。私のテリトリーは、この生まれ育った60平方キロぽっちの島で、厳密に言うなら、その島の南半分だけだ。両親が残してくれたロフトのひと部屋を留学生に貸し、詩集を出し、朗読会をしながら暮らしている。

時々、大学などでも教えている。そのひとつ、Parsons美術大学の教え子がインターンとして働き始めた、西19丁目にあるA Different Light Bookstoreという店によく顔を出すようになった。今では毎月、最終金曜日の夕刻に小さな朗読会をやっている。私が10編ほど詩を選び、店内のオープンスペースで30分ほど朗読するというもので、毎回それなりに賑わっている。

ある日の朗読会。ひとつ目の詩、RilkeのHerbstを読んでいる時、ベルがコロンと鳴った。誰かが静かにドアを開けて入ってきた。雨に濡れた革ジャンを脱ぎながら、入口に一番近い椅子に座る。最後の節を読み終わると同時に、彼の濡れた髪から、一粒の雫がゆっくり落下し、パシャンと、コンクリートの床に弾け砕けたのが聞こえたような気がした。

毎回、朗読会後は、私が当日の朝に仕込んだホワイトサングリアを片手に、皆がそれぞれに談笑し始める。読者や書店スタッフと話しながら彼を探すが見つからない。きっともう帰ってしまったんだろう、誰も気づかないような小さな溜息がグラスをくもらせた。パシャン。その時、小さな閃光が視界の端に点滅した。雨風を避けながら、少し猫背に、彼が煙草に火をつけている姿がガラス越しに見えた。なんの迷いもなかった。私はまっすぐに入口へ向かって歩き出し、勢いよくドアを開け、彼の目の前に立った。
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