〈芥川賞について話をしよう〉 第14弾(小谷野敦・小澤英実)|書評専門紙「週刊読書人ウェブ」
マイページで記事のブックマーク!
ログイン
マイページ登録

トップページ

特集

書評

連載

コラム

ニュース

読書人とは マイページ

読書人紙面掲載 特集
更新日:2018年8月31日 / 新聞掲載日:2018年8月31日(第3254号)

〈芥川賞について話をしよう〉 第14弾(小谷野敦・小澤英実)

このエントリーをはてなブックマークに追加
送り火(高橋 弘希)文藝春秋
送り火
高橋 弘希
文藝春秋
  • オンライン書店で買う
第158回芥川賞は、高橋弘希「送り火」に決定した。
その他の候補作は以下の4作。古谷田奈月「風下の朱」、北条裕子「美しい顔」、町屋良平「しき」、松尾スズキ「もう『はい』としか言えない」。
小谷野敦氏と小澤英実氏による恒例の「芥川賞について話をしよう」第14弾をお送りする。 
(編集部)
第1回
よくできたエンタメ

小谷野 
 この対談をはじめて随分経ちますが、毎回、これは受賞して欲しくないとか、いろいろ言いたいことはあるんですけれど、今回は、〈北条裕子事件〉があったり、いつにも増してもやもや感がありましたね。作品としては、町屋良平の「しき」が一番いいと思いました。でも、キャリア不足で高橋弘希の「送り火」に勝てなかったというのが、全体的な感想です。
小澤 
 最後にこの二作が残って、同時受賞もありえたという話ですね。個人的には古谷田奈月「風下の朱」も応援していましたが、私も今回の候補作では相対的に「しき」がよかったと思います。
送り火(高橋 弘希)文藝春秋
送り火
高橋 弘希
文藝春秋
  • オンライン書店で買う
小谷野 
 受賞作の「送り火」は、最後の方の意味がわからない。「晃は稔の復讐に怯え、子供のように泣き喚きながら逃げていった。あの男は学級のリーダーではなく、ただの弱虫の虐められっ子だったのだ」とあるでしょ。それまでクラスの中心的人物として、ある時は暴力を使って君臨していた晃が、単なる「虐められっ子」だったと、語り手の歩は言う。結論として、これはおかしい。倉本さおりさんがその辺について書評を書いていたので、ツイッターで倉本さんにそのことを訊ねたら、「歩が錯乱状態になり、そう考えた」というような答えだった。その解釈も、私にはどうもピンとこない。
小澤 
 じつは晃が上級生から虐められていたという事実を指していると思いますが、ちょっと唐突かつ強引ではありますね。
小谷野 
 小澤さんは「送り火」をいいと思います?
小澤 
 高橋さんの作品では「日曜日の人々(サンデーピープル)」が一番よかったと思います。「送り火」については豊﨑由美さんがラジオで「選考委員がこれまでの作品を読んでいたのがプラスに働いた」というような指摘されていましたが、同感です。これまでの作品と比べていいとは思いませんが、四回候補になっていて書き手としての成長や幅が評価されたということでしょうね。
小谷野 
 それはわかる。ただ「日曜日の人々」は読んでいませんが、私は、高橋がいいと思ったことは一度もない。「指の骨」が、なぜあれだけ騒がれたのかもよくわかりません。
小澤 
 戦争を知らない世代が、まるで幻視したかのような圧倒的な描写力で過酷な戦争を描いたという驚きですよね。次の「朝顔の日」もそうでしたが、あのハイパーリアリズム的なフェイク感は新しかった。
小谷野 
 「ハイパー」って何ですかね。私には、ただのミリオタにしか思えなかった。
小澤 英実氏
小澤 
 リアリティなんてものはもうすでにあらかじめ再生産されているというポストモダン的な考え方というか〔小谷野注=意味がわからないし、ポストモダンなどというのは建築の様式としてしか存在しない〕。今回の受賞作はひじょうにエンタメ的な文法に則った作品だと思いました。『ひぐらしのなく頃に』というサウンドノベルゲームによく似ているなというのが第一印象で。これでもかというフラグや伏線がたくさんあって、例えば田舎の澄み渡る空気を吸いながら「稲や、野菜や、果物や、動物や、鳥や、昆虫と同じように、自分達もまた健康に育つだろう」と思うくだりなんて、お約束すぎて笑えるぐらいです。最後にどんでん返しも、読者サービスばっちり。江川マストンなんて絶対に笑わせにかかっていると思いました。ホラーと笑いの混ぜ方が彼ならではで、さすがですね。
小谷野 
 別に笑えないけど、そのどんでん返しが効いてないと、私は思うんですよ。へんちくりんなラストになっていて、書きたいことを十全に書き切っていないという印象しか受けませんね。つまり設計からして狂っているんですよ。つまり、東京から津軽地方の僻地に転校してきた少年が、田舎の土俗的な世界に直面する。そこにある虐めや暴力を目にしているが、自分は近いうちにここを去るという一時滞在者の意識を持っていて、田舎のルール(掟)、土地の者をバカにしていると、そういうことを作者は考えて、この小説を書いたたんじゃないかと、倉本さんは読んでいる。ならば、ブラック企業に勤めているサラリーマンに対して、ブラックなルールに則って働けとでも言うんでしょうかね。そんなことを言われても困ります。
小澤 
 そこも伏線があって、歩は親の仕事の都合で、転校を繰り返してきたと書かれていますよね。どこに行っても難なく溶け込める性格で、適応性には自信があるというキャラ設定がされている。実際に津軽の田舎に行っても、すぐにクラスに馴染んで、うまくやっていると歩本人は思っていた。ところが実はそうじゃないことがわかる。一種の叙述トリックが利いていて、一人称小説だったら、いわゆる<信用できない語り手物>ということになりますが、これは三人称小説で語り手が読者を欺いているパターンで、高橋作品の食えなさですね。
小谷野 
 〈信用できない語り手〉という言葉が、私は嫌いなんです。濫用されているから。なおかつ「送り火」は、それでさ程の効果を上げていない。ずれまくっている感じがしますね。髙樹のぶ子が選評で書いていますよね。「「送り火」の一五歳の少年は、ひたすら理不尽な暴力の被害者でしかない」。その通りだと思うんですよ。単に暴力的な世界を描いているだけです。出来のよくないやくざ映画みたいなもので、倉本さおりは完全に誤読している。
小澤 
 髙樹さんの、読み終わって「だから何?」と思ったという指摘はよくわかる。川上弘美さんも同様のことを別の言葉で言っていると思いますが、理不尽な暴力だけがごろんと放り出されていて、読者をそのな暴力についての思考に向かわせるものではないですよね。まあしかし、ラストのどんでん返しを抜きにしても、晃と稔のあいだには、一方的な<虐める―虐められる>関係だけではなく、捻じれた愛憎関係・共依存関係があったり、一筋縄ではいかない話で、よくできた推理小説やエンタメ作品として、読んだ人が驚いて楽しめればいいともいえる。
小谷野 
 まったく驚かなかったし、面白くなかった。要するに受賞したのは、最初に言いましたが、キャリアからでしょう。本当は町屋の方がよかったけれど、高橋は何回も候補にあがってくるから、そろそろということで授賞した。なぜ、みんな推理小説っぽいものを書くんですかね。島本理生の直木賞受賞作「ファーストラブ」もそれっぽかった。私は芥川賞候補になった「夏の裁断」の方が好きでしたね。
2 3 4
この記事の中でご紹介した本
送り火/文藝春秋
送り火
著 者:高橋 弘希
出版社:文藝春秋
以下のオンライン書店でご購入できます
しき/河出書房新社
しき
著 者:町屋 良平
出版社:河出書房新社
以下のオンライン書店でご購入できます
もう「はい」としか言えない/文藝春秋
もう「はい」としか言えない
著 者:松尾 スズキ
出版社:文藝春秋
以下のオンライン書店でご購入できます
無限の玄/風下の朱/筑摩書房
無限の玄/風下の朱
著 者:古谷田 奈月
出版社:筑摩書房
以下のオンライン書店でご購入できます
このエントリーをはてなブックマークに追加
小谷野 敦 氏の関連記事
小澤 英実 氏の関連記事
読書人紙面掲載 特集のその他の記事
読書人紙面掲載 特集をもっと見る >
学問・人文 > 評論・文学研究 > 日本文学研究関連記事
日本文学研究の関連記事をもっと見る >