〈芥川賞について話をしよう〉 第14弾(小谷野敦・小澤英実)|書評専門紙「週刊読書人ウェブ」
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更新日:2018年8月31日 / 新聞掲載日:2018年8月31日(第3254号)

〈芥川賞について話をしよう〉 第14弾(小谷野敦・小澤英実)

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第3回
“ミソジニー小説”

小澤 
 今回はなぜか青春小説が揃いましたが、古谷田奈月の「風下の朱」は女性だけの共同体の話で、「送り火」とは好対照でしたね。
小谷野 
 この人は、日本ファンタジーノベル大賞を受賞してデビューした人で、受賞作を改題した「星の民のクリスマス」はわりあい面白かった。でも三島由紀夫が好きで、今回は特に三島っぽかったですね。特に観念的な言葉を用いて文章が変になっちゃうところなんか、下手な三島由紀夫です。
小澤 
 山田さんが「骨になるというただ一つの望みを頼りに、永遠の不動に身を沈めたようだった」という箇所を引用していました。
小谷野 
 その辺りは、完全に三島です。
小澤 
 私は三島っぽさはまったく感じなかったんですが、三島に寄せていくことで、逆に言葉自体の鈍重なゴロゴロした感じ、言葉に対する違和感みたいなものが表出したとしたら、面白いですね。
小谷野 
 彼女は、作品ごとに作風がちょっと違うんですよね。「ジュンのための6つの小曲」は発達障害っぽい話で、「リリース」は文章がひどかった。今回の候補作はミソジニー小説としか思えませんでした。要するに、月経があるから「病気」なんだと言っている。高齢の女の人は月経が止まっているから「病気」ではない。怖過ぎませんか。
小澤 
 この作品の「月経」はひとつの象徴であって、内実は男性には身体能力的にかなわないとか、不調のサイクルがあるとか、生殖にまつわる一切を引き受けなくちゃいけないとか、男の人と同等の能力が発揮できないといったことですよね。侑希美はそういうシステムを徹底的に拒否して反旗を翻している人です。
小谷野 
 そこがもう異常です。彼女はそれを「病気」だと思っているんだから。
小澤 
 女であることを全面的に引き受けたり、何かを諦めたりしたくないってことなんじゃないですか。
小谷野 
 それがミソジニーですよ。倉本さおりは「ミソジニーでもミサンドリーでもない」とか、「風下の朱」を評していたけど、私はミソジニーだと思う。つまり侑希美は、本来自分は否定されるべき存在だと思っているわけでしょ。
小澤 
 女性ゆえの困難というのは、女なら「生理つらい」みたいなレベルで誰もが感じてると思いますけど。
小谷野 
 女性ゆえの困難を抱えることとミソジニーはちょっと違う。この人は一所懸命男になろうとしているわけだから。
小澤 
 女という不都合なジェンダーやセックスを引き受けたくないということ、「女であることをやめたい」=「男になりたい」ではないと思うんです。島田雅彦さんは選評で「LGBTQ」小説と括っていましたが、ここで描かれているのは、トランスジェンダーでもクィアでもなくて、ただ女であることの呪いの部分から解放されたいと言っているだけです。それを、なぜ「LGBTQ」にひとまとめにカテゴライズしてしまうのか。いつもシュアな島田さんの選評ですが今回は違和感がありました。
小谷野 
 「風下の朱」は、能みたいな感じもありますよね。つまり語り手の梓がそろそろと舞台に出て来ると、奥から侑希美が出てきて、<女であることの呪い>について滔々と語る。最後は夜叉みたいになって荒れ狂う。ただ、本来の小説の作法ならば、侑希美が事故か何かで死んで終わるはずなんだけれど、そうはしなかった。
小澤 
 最後は、侑希美が最初からいなかったような終わり方をしているから、そういう意味では、小谷野さんの言うように、侑希美は死んでしまった存在として扱われているとも言えますね。
小谷野 
 全体として、妙に言葉足らずなんですよ。作品を次々書き過ぎていて、まだ自分の書きたいことが整理できていない感じがしますね。
小澤 
 でも、彼女は現代作家で誰よりも先鋭的に性の問題を書いている。三島賞を獲った「無限の玄」は男性だけの話でした。彼女の作品はフェミニズムに特化しているというよりも、クィアな人間の性の可変性みたいなものを追求していて、性の流動性を固定化することへの拒否があるように思います。あと私が「風下の朱」でいいと思ったのは、よくある小説では、同調圧力に負けずひとりになる強さを持つことを鼓舞する話になりがちだけれど、逆なんですよね。「孤独になることのほうが、むしろ退行なのかも」という台詞がありますが、むしろ共同体の中に入っていくことを求めていて、おおと思いました。
小谷野 
 その考え方には感心しない。そうなると「楯の会」になってしまう。「早稲田文学」の表紙の写真を見ても、すごく「楯の会」っぽい。
小澤 
 なるほど(笑)。たしかにそういう危うさはありますね。ただ結局この物語は、チームが分裂して終わるわけですよね。ファシスト的な人物(侑希美)が消えて、そこから共同体を再構築していこうという話ですから。
小谷野 
 私は、男であれ女であれ、群れるのが嫌いなんです。
小澤 
 まあ、本を読むというのは孤独な作業ですからね。では松尾スズキ「もう『はい』としか言えない」は、いかがでしたか? 候補作の中では一番、小谷野さんの好きな私小説っぽい作品ですが。
小谷野 
 最初と最後だけでしょ。あいだはただのほら話です。これでは獲れない。五〇歳を過ぎて候補になって獲れなかった人は、データの上からはもう獲れませんね。娯楽小説かというとそうでもないし、唐十郎以来の荒唐無稽演劇の流れを汲む小説みたいなものです。
小澤 
 いかにも松尾スズキだなあという感想以外、今回の候補作では一番論じるところがないです。
小谷野 
 最初は私小説で始まって、読むのを楽しみにしていたら、どんどん話が違う方向にいって、荒唐無稽どたばた話になる。
小澤 
 弥次喜多道中とかドン・キホーテみたいな王道のロード・ノベルですよね。これは母親の安楽死という問題を前にした罪悪感、良心の呵責に苛まれた主人公の、悪夢的な地獄めぐりです。松尾さんは演劇もそうですが、自分の中にある、生きていることの罪悪感みたいなものから逃れるための地獄めぐりをしながら、なんとか生き延びるために、笑いを混ぜる。母親を殺すという究極の選択の前でも、笑うしかない。切実だと思います。候補になったのを見たときには賑やかしかなとは思いましたが。
小谷野 
 それはそうでしょ。
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この記事の中でご紹介した本
送り火/文藝春秋
送り火
著 者:高橋 弘希
出版社:文藝春秋
「送り火」は以下からご購入できます
しき/河出書房新社
しき
著 者:町屋 良平
出版社:河出書房新社
「しき」は以下からご購入できます
もう「はい」としか言えない/文藝春秋
もう「はい」としか言えない
著 者:松尾 スズキ
出版社:文藝春秋
「もう「はい」としか言えない」は以下からご購入できます
無限の玄/風下の朱/筑摩書房
無限の玄/風下の朱
著 者:古谷田 奈月
出版社:筑摩書房
「無限の玄/風下の朱」は以下からご購入できます
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