『炭鉱町に咲いた原貢野球 三池工業高校・甲子園優勝までの軌跡』 (集英社文庫)|書評専門紙「週刊読書人ウェブ」
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更新日:2018年9月4日 / 新聞掲載日:2018年8月31日(第3254号)

『炭鉱町に咲いた原貢野球 三池工業高校・甲子園優勝までの軌跡』 (集英社文庫)

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この夏、甲子園は記念となる100回目の全国高等学校野球選手権大会で沸いた。決勝戦では圧倒的な強さの大阪桐蔭に打ちのめされたが、地元はもちろん全国のファンから熱狂的な応援を得たのは金足農(秋田県立金足農業高等学校)という地方の公立高校である。優勝こそできなかったが、人気は独り占めした感のあるこの夏の甲子園であった。しかし、半世紀前にこの活躍に匹敵するとも劣らない活躍をした高等学校があったことを記憶する人も多い。

今を去る53年前、第47回大会で福岡・三池工(三池工業高等学校)は初出場で全国制覇を成し遂げ、市民を勇気づける高校野球史上に残る偉業を達成したのであった。

エネルギーが石炭から石油に移行していく中、三池炭鉱は社員の首切りを断行し労使の紛争は解決を見出せないまま社会問題化していた。そこに追い討ちをかけるように坑内爆発事故が起こり、死者458名、重傷者675名という犠牲者を出して炭鉱の町大牟田の市民は希望の火を見失っていたのであった。そうしたとき、三池工は福岡県予選を勝ちあがって甲子園初出場、そして、あれよあれよという間に全国的にも知られる有名校を打ち破って真紅の優勝旗を持ち帰る。市民たちは勇気づけられた。そして、全国で甲子園を目指す高校球児たちにも「僕らでもやれる!」という希望を与えた昭和40年(1965年)の夏であった。

特に選び抜いて集められた選手でもなく、身体的にも見劣りのする弱小の三池工を鍛え上げ、優勝に導いたのは原貢監督である。後に東海大相模高校から巨人軍に入って4番、そして監督を務めることになる息子の原辰徳はまだ小学生で、選手たちからは「たーぼう」と呼ばれてかわいがられていた。優勝をしたときの選手一人ひとりはもちろん、そこに至るまでの下積みの選手たちからも丹念に聞き取りがなされて、原野球の真髄に触れることができるのである。

この本は、単に高校野球のある時期を回顧的に述べるものだけではない。野球の指導者にとってはおそらく参考になることはたくさん見つけられるであろう。また、教育者にとっては若い人との交流の真髄を見出すテーマも随所に発見できるであろう。また、いま野球にひたむきになっている高校球児も指導者の真の心を知る手がかりになるかもしれない。

若い人への応援メッセージを送り続ける集英社らしい文庫の一冊である。

*解説はノンフィクション作家の江刺昭子氏。
(文庫判・304頁・本体640円)
この記事の中でご紹介した本
炭鉱町に咲いた原貢野球 三池工業高校・甲子園優勝までの軌跡/集英社
炭鉱町に咲いた原貢野球 三池工業高校・甲子園優勝までの軌跡
著 者:696
出版社:集英社
以下のオンライン書店でご購入できます
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