戦後ヒロシマの記録と記憶【上巻】 小倉馨のR. ユンク宛書簡 書評|若尾 祐司(名古屋大学出版会)|書評専門紙「週刊読書人ウェブ」
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読書人紙面掲載 書評
更新日:2018年9月1日 / 新聞掲載日:2018年8月31日(第3254号)

広島復興の「リアル」 
「歴史」を見直すための第一級の資料

戦後ヒロシマの記録と記憶【上巻】 小倉馨のR. ユンク宛書簡
著 者:若尾 祐司、小倉 桂子
出版社:名古屋大学出版会
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ロベルト・ユンクという人物がいる。アメリカが広島長崎に原爆を落とした結果生じた惨禍や悲劇、怒り、そして戦後広島の復興や被爆者運動、平和運動を取材し『灰墟の光――甦るヒロシマ』などの著作をまとめ、「ヒロシマ」がもつ意味を世界に向けて発信し続けた著名なジャーナリストだ。しかし、被爆地を直接訪れるには、やはり限界があったユンクが、なぜヒロシマをめぐる一連の作品を書くことができたのだろうか。本書はこの疑問を見事に解いてくれる。

ユンクは広島を訪れ様々な人物と会う。しかし時間的制約もあり、十分な資料も収集できないし、聞き取りもできなかっただろう。当時通訳として行動を共にした小倉馨は、ユンクの取材を支援し、その後もユンクに対して広島をめぐる情報を提供し続けたのだ。本書は一九五七年五月末から一九五九年一〇月半ばの二年半近くにわたり、小倉がユンクに宛てた英文書簡の翻訳集である。上下巻で六〇〇頁を越える分量。一気に読み通すにはかなりエネルギーがかかるだろう。

小倉は当時の広島の状況を伝える数多くの中国新聞の記事、「原爆市長」と言われた浜井信三へのインタビュー、浜井自身が回顧した「広島市政秘話 原爆十年」という新聞連載コラム、当時罪を犯し投獄されていたM一夫という人物へのインタビューや手記、広島大学関係者四二人の被爆当時の証言記録、被爆者運動を立ち上げていく一人である河本一郎が書いた原稿、「原爆の子の像」記念碑建設運動、週刊誌の記事、総合雑誌でのヒロシマ特集、被爆者を治療した医師へのインタビュー、広島平和記念資料館を創り育てた長岡省吾の被爆体験のインタビュー等々、膨大な数の資料や手記、手紙、小倉自身が行ったインタビューが英文翻訳され、自らの手紙とともにユンクのもとに届けられている。
確かに、こうした被爆関連の資料や語りを解説し、自らの考えや思いを述べている小倉の姿を知ることは貴重だ。しかし、私がさらに興味深かったのは、ユンクの要望や質問に答える形となっているが、暴力団の抗争や闇市の様子などが詳細に語られ、当時広島に二か所あった遊郭や公娼制度について遊郭経営者にインタビューし、売春防止法以降の街娼の実態、わいせつ本など、性の領域を中心として復興する広島の街や暮らしを豊かに小倉が語っている点である。原爆被害者自身の運動が立ち上がり、そこでの人間関係のもつれや人間としての揺れへの小倉の解釈も含め、当時広島に息づいていた復興の「リアル」が書簡を読むことで感じ取れるのだ。

小倉の協力がなければ、ユンクの一連の仕事はなかっただろう。本書を読み、私はそう確信する。しかし小倉は自らの作業の意味をことさら声高に叫ぶことはない。ただひたすらユンクの著作の完成を願い、活躍を喜び、ユンクが必要とする資料や語りを翻訳し続けたのだ。ただどこかで自分がしている仕事の意義を後世に伝えたかったのではないだろうかと思う。でなければコピーも簡単に取れなかった時代に、自らの書簡をすべて保管しておくだろうかと。そしてこの書簡を見出し翻訳した編者たちの仕事に私は感謝したい。被爆後七三年が過ぎ、確実に被爆した広島が「歴史」として認識されていく。この流れは仕方がないものだろう。「被爆の記憶」を風化させず、反原水爆、反核の意味を「今、ここ」で私たちの日常に新たに注入していく運動の「現在」にとって、被爆後の広島の復興や運動を「歴史」として精確に見直していく作業は必須だ。本書は、この作業に確実にエネルギーを吹き込む第一級の資料であり優れた成果なのである。広島平和記念資料館地下の資料室に「禁帯出」として眠る膨大な資料が生き生きと新たに甦る契機となる作品なのである。



この記事の中でご紹介した本
戦後ヒロシマの記録と記憶【上巻】 小倉馨のR. ユンク宛書簡/名古屋大学出版会
戦後ヒロシマの記録と記憶【上巻】 小倉馨のR. ユンク宛書簡
著 者:若尾 祐司、小倉 桂子
出版社:名古屋大学出版会
以下のオンライン書店でご購入できます
戦後ヒロシマの記録と記憶【下巻】 小倉馨のR. ユンク宛書簡/名古屋大学出版会
戦後ヒロシマの記録と記憶【下巻】 小倉馨のR. ユンク宛書簡
著 者:若尾 祐司、小倉 桂子
出版社:名古屋大学出版会
以下のオンライン書店でご購入できます
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