亡霊のジレンマ -思弁的唯物論の展開- 書評|カンタン・メイヤスー(青土社)|書評専門紙「週刊読書人ウェブ」
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読書人紙面掲載 書評
更新日:2018年9月1日 / 新聞掲載日:2018年8月31日(第3254号)

メイヤスー入門に最適の一冊 
着眼点と立論の面白さを味わう

亡霊のジレンマ -思弁的唯物論の展開-
著 者:カンタン・メイヤスー
翻訳者:千葉 雅也
出版社:青土社
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本書は、雑誌『現代思想』掲載のインタヴューや論考にくわえ、新たに訳された詩人論と、千葉雅也による序文を収めた論文集である。

カンタン・メイヤスーは、フランスにおける新世代の哲学者だ。『有限性の後で』(以下AF)が、主著にふさわしく、人間なき世界を構想する濃密な思考の軌跡だったとすれば、本書は、それぞれのテクストが短く、その存在論から、正義論、文学論まで、彼の着眼点と立論の面白さが味わえるメイヤスー入門に最適の一冊と言えるだろう。
本書は構成にも工夫がみられる。「思弁的唯物論のラフスケッチ」が、インタヴュー形式でメイヤスーの思考を簡潔に提示した後、「潜勢力と潜在性」では、ヒュームの因果論からみずからの思弁的かつ存在論的な論点を導く、AFのハイライトの一端が垣間見える。本書の表題テクスト「亡霊のジレンマ」は、彼の博士論文のうちAFでは扱われなかった「神」をめぐる倫理や正義を論じている。「形而上学と科学外フィクションの世界」のなかでは、数篇のSF小説の分析をつうじて、科学的でも非科学的でもない科学外フィクションの思弁的な領域が素描される。その一方で「『賽の一振り』あるいは仮定の唯物論的神格化」は、文学研究の成果を踏まえつつ、一九世紀のフランス詩人マラルメが大胆なタイポグラフィを駆使した詩篇を、奇怪な手つきで精査している。「減算と縮約」は、ドゥルーズの「内在性」を捉え直すために、ベルクソンの『物質と記憶』第一章を再解釈した刺激的な論考で、本書の締めくくりにふさわしい。

数学とりわけ集合論や圏論に想を得たメイヤスーの思考は、アラン・バディウからの影響が大きく、近藤和敬が「メイヤスー=バディウマイナス政治的決意主義(サルトル)プラス信仰的正義」とまとめたくなるのも頷ける。と同時に、特定の主題や論点に特化して、ためしに論理を突きつめてみせるかと思えば、持論として示した内容を何度も修正してアップデートを続けるその実直な鬼才の姿は、仙人のように悟りきった様子で自説を垂れるバディウと明らかに異なる。いみじくも本書の序文で「真剣なる遊び心」と評されるとおりである。

こうしたメイヤスーの心に叶わんとして、たわむれに本書の中身を時系列順に数え上げてみると、マラルメ論を除くすべての論考の初出が、AFと同じゼロ年代半ばである事実に気づかされる。そして二〇一一年に出た第二の単著『数とセイレーン』が分厚いマラルメ論だったことを勘案するなら、「このような詩の分析が、万物の必然的偶然性について展開してきた私の思弁的見解とどんな関係をもちうるのか」という問いは、読者にとって大変気になるところだが、本書でも「長くなるので割愛」されている(一四九頁)。おそらくこのミッシングリンクに関わるのが、一〇年代に幾度か模索された一連の「意味を欠いた記号」論だろう。メイヤスーによれば、数学はしばしば二通りに理解される。バディウのように、数学の背後に存在論的な指示対象を見出そうとする立場と、そうした身振りを一笑に付して「数学は空虚な記号の単なる操作なのに、なぜ集合論や圏論で宇宙の存在様態を記述できると考えるのか」と反論する立場。しかし思弁的唯物論が選ぶのは、そのどちらでもなく、空虚な記号の存在論・・・・・・・・・とでも呼ぶべき第三の道である。数学の思弁的射程が絡むこの文脈において、空虚な語ptyxを用いたマラルメの記号操作への言及があり、タイプとトークンをめぐる現代的議論の傍らに独自の論点が設定され、三種類の「反復」概念が提起される。

書評子は、この記号論のフランス語版をメイヤスーから託されて翻訳を検討している。同時期に、仲山ひふみも英語版から翻訳に着手したが、分量の問題もあってか、早い段階で本書の出版計画から外れることとなった。いずれにせよ、もはやポスト構造主義的ではない「別の反復」という序文の文言は、メイヤスーの記号論まで考慮して読まれるべきものと思われる。(岡嶋隆佑・熊谷謙介・黒木萬代・神保夏子訳)
この記事の中でご紹介した本
亡霊のジレンマ -思弁的唯物論の展開-/青土社
亡霊のジレンマ -思弁的唯物論の展開-
著 者:カンタン・メイヤスー
翻訳者:千葉 雅也
出版社:青土社
以下のオンライン書店でご購入できます
「亡霊のジレンマ -思弁的唯物論の展開-」出版社のホームページはこちら
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