個体化の哲学 形相と情報の概念を手がかりに 書評|ジルベール・シモンドン(法政大学出版局)|書評専門紙「週刊読書人ウェブ」
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読書人紙面掲載 書評
更新日:2018年9月1日 / 新聞掲載日:2018年8月31日(第3254号)

慶賀すべき一大事件 
難事業に果敢に挑戦した訳者たち

個体化の哲学 形相と情報の概念を手がかりに
著 者:ジルベール・シモンドン
出版社:法政大学出版局
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ジルベール・シモンドン(一九二四―一九八九年)というフランス人哲学者については、長らくその存在すら知らずにきたが、かねてより興味深く読んでいた『内的自己対話―川の畔のささめごと』という、京都学派とフランス現象学を主たる関心領域とするフランス在住の日本人大学教員が開設していたブログで、二〇一六年二月から「ジルベール・シモンドンを読む」と題する連載が始まり、同年十一月まで、このシモンドンなる人物が一九五八年に提出した国家博士申請論文の主論文“L'individuation à la lumière des notions de forme et d'information”についての、蝸牛のごとき精読の試みがなされた。この長期連載をつうじてはじめてその存在を知り、関心を抱かされた次第である。  

本書『個体化の哲学―形相と情報の概念を手がかりに』はこのシモンドンの国家博士申請論文の主論文の全訳であるが、本書を一瞥しただけでも分かるように、シモンドンは一九五〇年代当時まだ緒についたばかりの高度産業技術社会の時代にあって、その時代の申し子であるとともにその時代を領導していこうとしていた多種多様な科学技術知から概念を借り受けつつ、それらの概念に独自の意味内容を付与している。そして個体が個体として生成する個体化の様相を、まさにその生成の相に即して、物理的レベルでの個体化から、生物的レベルの個体化、さらには心理的レベルの個体化をへて、個々の主体の成立を可能にすると同時に複数の主体に通底する超個体化のレベルにいたるまで、包括的にとらえようとしている。そうしたシモンドンの「百科全書」的ないし西周のいわゆる「百学連環」的姿勢に付き従っていくのは容易なことではない。この難事業に果敢に挑戦した訳者たちの勇気は称賛の上にも称賛に値するといってよい。

訳語の選定に疑問がないわけではない。原書のタイトルにも含まれている“information”を「情報」という訳語で統一していることからしてそうである。監訳者の藤井千佳世が彼女の担当した序論の注でことわっているところによると、シモンドンはこの語を「形(相)を与える/受け取る」という関係論的な・・・・・意味で用いており、それゆえ「情報」という訳語はたしかに一面的であるが、(1)彼はサイバネティクスからこの語をまずは借用していること、(2)現今の「情報」概念を問い直す契機を彼の議論は孕んでいること、以上二点に鑑みて「情報」と訳出したとのことである。しかし、米虫正巳も「自然哲学は存在し得るか―シモンドンと自然哲学(上)」(『思想』二〇一〇年四月号)で注記しているように、日本語の「情報」が通常意味しているのはとりわけ或る者から或る者へと伝達される何らかの知識とその表現であるが、シモンドンの“information”という概念は―語そのものはサイバネティクスから借用されているとはいえ―そのような意味で使用されているのではないから、これを「情報」と訳すのはいささか問題があるといわざるをえないだろう。

たとえば同じ序論の原文に出てくる《La notion de forme doit être replacée par celle d'information》を藤井のように《形相の概念は情報の概念に置き換えられなければならない》と訳したのでは、“information”というフランス語の多義性ないし豊饒性を貧困化してしまうことになりかねないのではないだろうか。せめてシモンドンを専攻する橘真一が藤井の共訳者となっている第二部第一章(二五〇頁)にあるように《情報=形をなす》とし、「アンフォルマシオン」とルビを振る程度の工夫が欲しかったものである。ちなみに、『内的自己対話』の発信者は藤井のいうシモンドンの関係論的なアプローチに着目して「関係形成」という訳語をあてがっている(ブログの発信者が二〇〇四年に藤原書店から邦訳の出たアラン・バディウ『哲学宣言』の監訳者・黒田昭信であることが最近になって分かった)。 それでも、今回の邦訳が出版界上のまことに慶賀すべき一大事件であることに変わりはない。副論文“Du mode d'existence des objets techniques”についても、一刻も早い邦訳が望まれる。藤井千佳世監訳/近藤和敬・中村大介・ローラン・ステリン・橘真一・米田翼訳
この記事の中でご紹介した本
個体化の哲学 形相と情報の概念を手がかりに/法政大学出版局
個体化の哲学 形相と情報の概念を手がかりに
著 者:ジルベール・シモンドン
出版社:法政大学出版局
以下のオンライン書店でご購入できます
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