ホッブズの哲学体系 「生命の安全」と「平和主義」 書評|ノベルト・ボッビオ(未来社)|書評専門紙「週刊読書人ウェブ」
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読書人紙面掲載 書評
更新日:2018年9月1日 / 新聞掲載日:2018年8月31日(第3254号)

二人の思想家の共鳴 
近代の啓蒙主義と民主主義への問い

ホッブズの哲学体系 「生命の安全」と「平和主義」
著 者:ノベルト・ボッビオ
出版社:未来社
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本書は、二〇世紀イタリアを代表する政治哲学者が著したホッブズ研究であり、イタリアで一九八九年に出版され(書名は『トマス・ホッブズ』、副題はない)、一九九三年には英訳がシカゴ大学出版から出版された。

本書には、ホッブズ研究史に挟み込まれたシュミット『トマス・ホッブズの国家学におけるリヴァイアサン』についての一九三九年の短いレビューから、結びに代えておかれた、ホッブズ生誕四〇〇年にちなんでイタリアの新聞に寄稿した一九八八年のエッセイまでが収められている。そこからもわかるように、様々な目的のために、様々な読者を想定して書かれた論考が集められており、一貫性のあるまとまったホッブズ研究として本書を評価するのはむずかしい。しかし、読者の関心や視点によって多様な意味や価値をもちうる書物でもあり得ると言えよう。例えば「第二章ホッブズの政治理論」は、ホッブズの哲学体系を踏まえ、教会と国家の関係も論じ、ホッブズ批判や解釈まで言及しながら簡潔に論じられており、ホッブズ入門として大いに役立つであろう。

あえて本書を貫くホッブズ研究としての特徴をあげるとすれば、『市民論』の重視がある。そのことは「第3章『市民論入門』」において強調されているだけではなく、主要な論考において、『リヴァアイサン』との異同に言及しつつ、『市民論』のテキストに依拠した論述がなされていることによっても示されている。ボッビオ自身、一九三五年と一九四八年に『市民論』のイタリア語訳を校訂・編纂して出版している。英語およびラテン語の新たな校訂版の『市民論』がウォリンダーによって出版されたのは一九八三年のことであるから、著者の同書への着目は先駆的であったと言えよう。ボッビオによれば、『市民論』は、内乱の勃発を前にしたイングランド史における重大な時期に、ホッブズがパリ亡命後、平和の大義を広めるための考え方を入念にしあげなおすことをめざして執筆した、同国人に対する警告であり、またその後実際に生じたもっと大きな災厄を予言するようにもみえる著作である。他方で、それは、同国人に向けて書かれた『リヴァイアサン』と異なり、あらゆる国の学識者に向けて書かれ、最も体系的で、均質な理論的著作でもある。

ボッビオがホッブズの政治理論として特に関心を示しているのが自然法論である。その背景となっているのは、一九世紀終わりのテニエスの研究以降の、近代的な機械論的体系としてのホッブズ哲学の重要性を明らかにしてきた研究の伝統に対して、一九三〇年代から五〇年代にかけて起こった解釈の逆転である。例えば、ウォリンダーは、ホッブズの政治理論を中世的な自然法の伝統に引き戻して解釈し大きな反響を呼んだ。それに対して、ボッビオは、ホッブズにおいてこそ、伝統的自然法と対立する近代的自然法が始まることを示すとともに、自然法を主権者に従う義務を確立するものとすることによって、法実証主義への移行の一形態としてホッブズの自然法論を捉えようとした。それらの論考は、自然法と実定法の並存がもたらす二律背反の問題は、平和のために国家主権の絶対性を確立するというホッブズの目的にそって解決されていることを示しつつ、なお、近代的自然法論が実定法秩序の基底に並存し続けていることの意味を丹念に問うものでもあった。

こうした議論が今日なお興味深いのは、ボッビオがたつイデオロギー的立場と、ホッブズのそれとの共鳴があるからではないであろうか。ボッビオのイデオロギーが、もはや全体主義の時代にはないが、まだ確固とした民主主義社会のもとにもいない知識人たちの《夢の刈り入れ時》の思想家のそれ(上村忠男、ボッビオ『イタリア・イデオロギー』解説)であるとするなら、彼はホッブズに、近代的転換の時代の思想家として同じものを見出した。そしてホッブズ政治理論の中に内包される可能な道の先を突き止めようとするボッビオの丹念な探求に、近代の啓蒙主義と民主主義への、あるいは平和への彼の問いを読み取ることができるように思われる。(田中浩・中村勝己・千葉伸明訳)
この記事の中でご紹介した本
ホッブズの哲学体系 「生命の安全」と「平和主義」/未来社
ホッブズの哲学体系 「生命の安全」と「平和主義」
著 者:ノベルト・ボッビオ
出版社:未来社
以下のオンライン書店でご購入できます
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