ガルヴェイアスの犬 書評|ジョゼ・ルイス・ペイショット(新潮社)|書評専門紙「週刊読書人ウェブ」
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更新日:2018年9月1日 / 新聞掲載日:2018年8月31日(第3254号)

ガルヴェイアスの犬 書評
だれの人生にも物語がある 
日本における南欧文学の夜明けとなるか

ガルヴェイアスの犬
著 者:ジョゼ・ルイス・ペイショット
翻訳者:木下 眞穂
出版社:新潮社
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近年人気の北欧ミステリーの影響もあり、北欧文学に興味をお持ちの方も多いのではないだろうか。では、南欧は? その中でもポルトガルは? と問われると、日本で暮らす大半の人にとっては、一九九八年にポルトガル語圏ではじめてノーベル文学賞を受賞したジョゼ・サラマーゴの名前が出るか出ないか、といったところだろう。そもそも現代作家に限れば、ある程度の数の作品が日本語で流通している作家はサラマーゴくらいなのだから。

その作家の名前を冠したジョゼ・サラマーゴ文芸賞を、初の長篇で二〇〇一年に受賞したのが本書の作者、ジョゼ・ルイス・ペイショットである。生まれは一九七四年、ポルトガルのアレンテージョ地方、ガルヴェイアス。そう、タイトルにもなっているガルヴェイアスというのは、ポルトガル内陸部に実在する村の名前なのだ。

三〇〇ページ弱にわたる本書は、「一九八四年一月」と題した前半部分と「一九八四年九月」と題した後半部分から成るが、いずれも舞台となっているのは人口千人あまりのこの村、ガルヴェイアスである。

物語は一九八四年一月の夜、巨大な「名のない物」が村に落下するところから始まる。それによって発生した強烈な硫黄臭、七日七晩におよぶ豪雨に続く大干ばつ。その中に生きる人々の姿を、十五人ほどの村人に順々に焦点をあてて描いている――と言っても、そこに描かれるのは自然の猛威に翻弄される人間の姿ではない。長年絶縁状態だった兄を殺す決意を固める老人、夫の浮気相手に対して奇想天外な方法で復讐を試みる女、惨殺された犬を発見する若き女教師、軍人時代にギニアビサウで子どもをもうけた過去を持つ郵便配達夫、新婚にして事故で全身麻痺となる若者、酒が手放せない神父、などなど。互いに交差しあうそれぞれのエピソードのほとんどは決して愉快な話ではないのに、私たちの隣にもいそうな色とりどりの村人たちは、どことなく親しみを感じさせる。

この生々しい存在感は、あらゆる村人に(もちろん、犬にも)名前がつけられていることにも関係がありそうだ。「死にはさまざまな形がある。においをうしなう。名前をうしなう。まだ肉体も、その影も自分のものとしながらも命をうしなう。においをうしなう。名前をうしなう」とあるように、作者にとって名前は命そのものであり、名前を与えることで登場人物たちに命を吹き込んでいるのではないだろうか。実際の登場人物にとどまらず回想の中の人物にまで名前があり、作中を通して登場する人名はおよそ百個。聞きなれない名前ということもあり、はじめは記号のように感じられるかもしれない。しかし、丁寧に読み進めていくと、村のあちらこちらで知り合いが顔を出していることに気がつく。

村全体から息づかいが聞こえてきそうなこのガルヴェイアスにおいて、最後まで謎を抱えたままの「名のない物」。村人たちにとって、また私たち読者にとってそれが何を意味するのか。だれの人生にも物語があることを味わいつつ、思いを巡らせてみたい。

ペイショットの作品はこれまでも数多くの外国語に翻訳され、その中でも本書は「ポルトガル語圏で最も権威ある賞の一つ」とされるオセアノス賞を受賞した。その作品が、ペイショット本人からガルヴェイアスを案内してもらったという翻訳者の手を借りて、はるばる日本までやってきた。この国ではまだ夜明け前ともいえる南欧文学。日が昇る瞬間に立ち会えるチャンスかもしれない。
この記事の中でご紹介した本
ガルヴェイアスの犬/新潮社
ガルヴェイアスの犬
著 者:ジョゼ・ルイス・ペイショット
翻訳者:木下 眞穂
出版社:新潮社
以下のオンライン書店でご購入できます
「ガルヴェイアスの犬」出版社のホームページはこちら
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