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”Letter to my son"
更新日:2018年9月11日 / 新聞掲載日:2018年9月7日(第3255号)

Letter to my son(7)

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(C)Eiki Mori Courtesy KEN NAKAHASHI

その日、朗読会の最後に読んだのは、RilkeのWelt war in dem Antlitz der Geliebten(世界はそこにあった、愛する人の顔に)だった。

ガラスに寄りかかり煙草をくゆらせていた彼は、私を見てゆっくり煙を吐き出してから「どうも」。とだけ言い、視線を宙へ戻す。「来てくれてありがとう」。「偶然通りかかって。雨も降ってたし」。私はゆっくり頷く。また来月もよかったら、とだけ伝えて戻ろうと思い、口を開きかけた時、稲妻のようなクラクションの響きが、返事のタイミングを追いやった。しばらくの間、ささやくような雨音がふたりの沈黙にゆったり横たわる。 

「あ、さっきの、嘘です」。そう言いながら彼は革ジャンのポケットから、何かを取り出し私に渡す。1冊のペーパーバック。数年前に出版された私の詩集We See a Rainbowだった。角は折れ曲がり、表紙に珈琲か赤ワインをこぼした跡もあった。「汚くなっちゃってて。旅行の度に持っていくんです。この前もジャイサルメール、インドの砂漠へ一緒に。夜、見たこともないような星空で、その光で読めるかなって思ったけどさすがに無理でした。すみません、僕ばっかり話して」。そう言いながら、2本目の煙草に火をつける。彼の温もりなのか、砂漠の熱を吸い上げた星々の記憶なのか、手渡された詩集が発しているジンとした熱に火照りながら、私はおんぼろな煙突のようにただただ突っ立っていた。

「もう少しこっちに寄ってください」肩がずぶ濡れになっていることも、彼に言われるまで全く気づかなかった。詩集も濡れてしまっている。「ああ、すまない」。「気にしないで。後で乾かします」。

パシャン。その時、大きな雨粒がひとつ、彼の鼻先に落ちた。身体をビクンと大きく震わせ、「びっくりしたぁ」と言いながら、少し恥ずかしそうに鼻頭を指先で拭う。それから、眩しそうに私をまっすぐに見つめた。私もまっすぐに彼を見つめていた。
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