プルーストの美 書評|真屋 和子(法政大学出版局)|書評専門紙「週刊読書人ウェブ」
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読書人紙面掲載 書評
更新日:2018年9月8日 / 新聞掲載日:2018年9月7日(第3255号)

新たな「共鳴箱」を提示 
微視的なテクスト分析の数々

プルーストの美
著 者:真屋 和子
出版社:法政大学出版局
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批評家の第一の任務は「一種の共鳴箱」を作り上げることである――一九〇〇年代初頭、小説家としての道を模索していた若き日のプルーストにとって、この確信は大きな分岐点のひとつとなった。

当時、イギリスの美術史家ジョン・ラスキンの翻訳に従事していたプルーストは、ラスキンの作品群にちりばめられた多様な思考のうちに親和性を探り当て、脚注と引用を駆使してそれらを結び合わせていった。言葉と言葉のあいだに「親愛感に溢れたエコー」を呼び起こして「豊かに響かせる」ことが、「作家の特性の本質的特徴」を明らかにし、「芸術家の精神的相貌」を浮かび上がらせると思い至ったからだ。

興味深いのは、こうした批評意識が『失われた時を求めて』の創作原理にも通じ、さらにはこの長編小説を読み解く鍵にもなっている点である。

浩瀚な『プルースト的絵画空間』(二〇一一年)で作家の芸術観に切り込んだ真屋は、ラスキンとの濃密な影響関係について思索を重ねるなかで、おそらくは誰よりも深くそのことに通じていった。その意味で本書は、プルーストの小説世界――音楽があり、絵画があり、建築があり、ささやかな日常の発見に満ちた世界――の魅力を照らすために差し出された、新たな「共鳴箱」だといえる。

プルーストを読む楽しみのひとつは、かけ離れているかに見える要素のつながりを知り、秘められた共振に目を開かれることだろう。その意義を考えるうえで、味覚の刺激によって過去と現在が重なり合う瞬間の快楽(第一章)や、陸と海が渾然一体となった夏の光景におぼえる眩暈(第四章)を避けて通ることはできまい。重要なのは安易な線引きではなく、類似を認め、はざまに目を凝らし、境界の揺らぎを感じ取ることなのだ。

文化的なコンテクストに目を転じれば、美術史にも知られたラスキンとホイッスラーの対立(第二章)や、「隠喩」の概念を軸としたボードレールとショーペンハウアーの接近(第四章)、あるいはベートーヴェンとターナーをつなぐ創作技法の妙(第五章)が、作家の思想形成を跡づけるための道標となる。

加えて本書では、プルーストが二〇代で味わった文学的な挫折と、それにつづく「翻訳の時代」(第二章・第三章)の再検討がおこなわれ、さらには作家が生きた時代状況とラスキン受容に関する巨視的な検証(第六章)が全体を支える構成になっている。

そして、プルーストの生と作品が/を織りなす重層的で多声的な「共鳴」を具体的に炙り出すのが、微視的なテクスト分析の数々だ。

もっとも有名なマドレーヌ菓子のエピソードを例にとろう。「マドレーヌ」とは「マグダラのマリア」を指すフランス語名であり、記憶想起の場面に「キリストの復活」や「罪深い官能」を倍音として響かせていることや、「ホタテ貝」を模した菓子の形状が「豊穣」や「再生」を象徴し、聖ヤコブの伝説にも通じていることは知られている。そのいっぽうで、マドレーヌを浸した飲み物が「菩提樹のハーブティー」として描かれる場面の存在はあまり強調されてこなかった。それでも菩提樹は、物語にとって重要なサンザシの花と関連づけられながら、「両性具有」や「官能的欲望」、「聖性」といったテーマを共有してゆくという。そして、煎じ茶の乾いた花片や茎と対照をなすようにして、香り立つ花を咲かせる菩提樹が描かれるとき、そこには記憶の全的な再生の情景が重ねられるだろう。「中枢神経のひろがり」にも比される網の目が、モチーフの「共鳴」によって浮き彫りになる好例だ。

「異なる二つのものの境界を曖昧にすることは、逆説的かもしれないが、その『あわい』を見極めることであり、そこに潜む本質を見抜くことであろうと思う。」真屋のこの洞察は、本書全体を貫きながら、装幀にも美しく落とし込まれている。白地に映える二つの色彩――プルーストが夏の日の記憶に見た「不変の黄金」と「不滅の青空」――が目を引くなか、両者を隔てるはずの境界線が仄かに滲んで混ざり合っていることに、私たち読者は気づかされるのだ。
この記事の中でご紹介した本
プルーストの美/法政大学出版局
プルーストの美
著 者:真屋 和子
出版社:法政大学出版局
以下のオンライン書店でご購入できます
「プルーストの美」出版社のホームページはこちら
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