現代社会はどこに向かうか 高原の見晴らしを切り開くこと 書評|見田 宗介(岩波書店)|書評専門紙「週刊読書人ウェブ」
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読書人紙面掲載 書評
更新日:2018年9月8日 / 新聞掲載日:2018年9月7日(第3255号)

前期近代から後期近代へ 
歴史上の大きな節目の特徴に迫り、今後の方向性を探索

現代社会はどこに向かうか 高原の見晴らしを切り開くこと
著 者:見田 宗介
出版社:岩波書店
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見田ワールド全開の論考で、美しく詩的な文章に魅了される。論理的な文章でありながらファンタジーのような魅力も感じさせるのは、数百年を見通すというスケールの大きさのみならず、データをもとに着想されつつそこから展開される世界観の壮大さに起因するところが大きい。個々の実証データから確実に言える範囲内で堅実ながらも小さくまとめた論考が主流を占める昨今の社会学書のなかで、きわめて貴重な賜物である。

日本をはじめとする先進諸国では、成長段階の前期近代(それを著者は歴史の第Ⅱ局面と呼ぶ)から成熟段階の後期近代(この第Ⅲ局面を著者は高原期と呼ぶ)への移行がすでに始まっている。本書は、同じ岩波新書で出されている『現代社会の理論』『社会学入門』で提起された諸概念を駆使し、とくに若年層を中心とする各種の調査データを読み解きながら、この歴史上の大きな節目の特徴に迫り、今後の方向性を探索していく。

透徹した思考のまなざしをもつ社会学者でありながら、ロマンチストでもある著者の語り口を反映して、本書の主張はどこまでも明るく透き通っている。しかしその眩さにゆえに、本書でも僅かに触れられてはいるものの、現代社会の影の側面を見落としてしまいそうにもなる。来たるべき未来へ向けた見取り図として本書を位置づけるには、この点への細やかな配慮も必要だろう。紙幅の許す範囲で一点だけ指摘してみたい。

データが示すように若年層の生活満足度は上昇しているが、本書ではそれを歴史の第Ⅱ局面の終了によって説明する。未来のために現在を手段化する心性が減退すれば、それだけ満足度は上昇する。相対的剥奪という社会学概念が示すように、期待値と現状との落差が不満だとすれば、現状が変化しなくても期待値が下がれば不満は逓減するからである。この心性は、高原期への移行の最前線にいる若年層を中心に広がりつつある。

他方で、生きる意味の確認を未来へ先送りしてきた人間は、今が限りなく続く高原に立った途端、その意味の不在に気づいてしまう。その具体例として本書が取り上げるのは秋葉原事件や自傷行為である。そこでは第Ⅱ局面で見られた「まなざしの地獄」に対して「まなざしの不在の地獄」が切実な問題となって迫りくる。前者が不満をもたらしたとすれば、後者がもたらすのは不安であり、それは人間関係への期待値が上昇した結果でもある。

脱物質主義が進むと人間関係の比重も増すため、高原期への移行は人間関係への期待値を高める。事実、来るべき幸福の姿として著者が構想するものの多くは人間関係の豊かさに根づいており、昨今の若者がリア充と呼ぶものに近い。しかし、そこへの憧憬が強くなり、幸福感受性が高まると、同じく若者が非リアと呼ぶような関係不安も募ってくる。

未来へ向けた合理的手段化と著者が呼ぶ状態から人間関係が解放されてきた結果、前世紀末までは人間関係の不満も減少していた。しかし内閣府の青年調査によれば、その減少分は、それ以降に顕在化した不安の増加分に凌駕されている。同府の別調査によると、生きていれば良いことがあると思う人びとも今世紀に入って減少しており、その減少幅はこれからまだ人生が長いはずの若年層ほど大きい。

世界価値観調査においても同様で、人生は自由にならないと考える日本人は前世紀末まで減り続けていたのに、今世紀に入って再び増加し始めている。こうして現実の高原には閉塞感も漂っている。しかし、それは生活満足度の高さと矛盾しない。背景にあるのは不満ではなく不安だからでる。それが人生の期待値そのものを低下させている。ここに著者が思い描くような光り輝く高原の明るさは見られない。

著者は、歴史からの教訓として否定主義・全体主義・手段主義を否定し、その対極である肯定主義・多様性・コンサマトリーを称揚する。しかし、現実の姿は白か黒へ綺麗に分けられるものではなく、どちらにも影の面がある。前者は異質なものを否定し、全体社会の発展のために矯正を強要して自らの圏域に積極的に飲み込もうとする。後者は異質なものを肯定するものの、細かく分断された自らの圏域から吐き出して消極的な不関与を決め込んでしまう。そう説いたのは社会学者のジョック・ヤングである。

このような観点から眺めたとき、現代社会はどこに向かっているといえるだろうか。各種の調査データによると、今世紀に入ってから日本の若年層の交友圏は、ネットでの出会いも含めて同質化の傾向を強めている。本書が指摘するように「寛容と他者の尊重」の精神は確かに進んでいるのだろう。しかしそれが異質なものと積極的に交歓することを意味せず、互いに注意深く棲み分けることで実現される共存共生を意味しているとしたら? ヤングがその心性の背後に見たものも底なしの不安だった。

早朝、高原には靄がかかる。現代社会を覆うこの不安も第Ⅲ局面の黎明期に一過性のものであって欲しい。日が昇るにつれて朝靄が薄らいでいくように、この高原期の見晴らしも切り開かれていくことを願う。
この記事の中でご紹介した本
現代社会はどこに向かうか  高原の見晴らしを切り開くこと/岩波書店
現代社会はどこに向かうか 高原の見晴らしを切り開くこと
著 者:見田 宗介
出版社:岩波書店
以下のオンライン書店でご購入できます
「現代社会はどこに向かうか 高原の見晴らしを切り開くこと」出版社のホームページはこちら
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