文字渦 書評|円城 塔(新潮社)|書評専門紙「週刊読書人ウェブ」
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更新日:2018年9月8日 / 新聞掲載日:2018年9月7日(第3255号)

文字渦 書評
現代の文字の生物的変化を歴史化しうる物語 

文字渦
著 者:円城 塔
出版社:新潮社
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文字渦(円城 塔)新潮社
文字渦
円城 塔
新潮社
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芥川賞作家・円城塔が『文字渦』で扱うのは文字だ。『文字渦』における文字とは、歴史的な存在としての文字、物理的であると同時に概念的でもあり、安定と不安定のあいだを揺れ動きながら生物のように変化するモノとしての文字だ。十二編の短編は、日本・中国大陸を主に舞台にした漢字を巡る物語。共通した人物も登場するが、基本的に各話独立し、文字の性質を徹底的に思索する。

表題作「文字渦」は、秦の始皇帝が造らせた人型の陶像(俑)の話。俑の造り手である主人公も俑と呼ばれる。生まれた時から土を捏ね像を造ってきた俑は、皇帝陵に埋める俑の作成を命じられる。才能を評価され、皇帝から「真人」も造るように言われる。真人とは「完成した人間」であり「ほんの一瞬、そこにあったがゆえに、永遠に存在せざるをえなくなるような」皇帝の像だ。無理難題だが失敗すれば処刑される。

俑の試行錯誤と同時に語られるのは、この時代の文字の在り様だ。文字が抽象化を始めた時代である。神事にのみ用いられた絵画的な表意文字が、部品に分解され結合し新しい文字となり、表音的な振る舞いをするようになった。このような文字の歴史と重ねて、俑が理解される。俑が造る人の像(俑)は、人に似ているが人そのものではないという点で、表意的な記号だ。さらに俑は像を管理するために名前をつける。新しい漢字を作って一体一体に割り振るのだ。あるものが別のものを示すという記号性と、既存の記号の部品を使って新しい記号を生み出す生産性が、俑という人/像に焦点化する。そして、俑は皇帝の秘密に気が付き、真人の作成に着手する。

「梅枝」には「境部さん」が登場する。彼女はフレキシブルディスプレイ(帋)が普及した時代に、アナログメディアである紙にこだわるエンジニアだ。帋が普遍化したことでテキストの実体はコンテンツ(データ)であると思われがちだが、レイアウトという表現形態も含めてコンテンツだと主張する。方針さえ決まっていればレイアウトを保持するためにコンテンツを改変するのも彼女は厭わない。

「新字」に出てくる彼女と同姓の境部石積は、実在した遣唐使。唐で大陸の文明=文字の集積を吸収する。古来、知識とは文字であり、それは経典や歴史書だった。文字の物語は、また歴史でもある。

円城塔作品に見られる抽象/言葉遊びは随所にあり、物語の筋だけを追いかけていくだけが楽しみ方ではない。ポケモンバトルのような「闘字」。殺人事件ならぬ殺字事件に境部さんが挑む、横溝正史『犬神家の一族』の壮絶なパロディ「幻字」。「天書」ではインベーダーゲームが漢字をピクセル的に用いて表現され、さらにそれを文字として(再)解釈する。こんなページを見せられた際には草生えること不可避だ。

草生える?

この「草」は植物ではない。「笑える」という意味だ。ネットスラングだが、いまや日常会話でも用いられる若者言葉だ。ネットでテキストがメインでやり取りされていた時代、感情表現が必要とされ、インタビュー記事で用いられている「(笑)」が輸入されたが、入力に手間取るので「w」のワンストロークに簡略化された。wは進化し、笑いの程度がwの数で示される。wは「草」と見立てられ、wwwwwwと連続する様子は「大草原」と言われる。

今『文字渦』を読む意義はここにある。現代ほど文字が溢れている時代はないし、文字をめぐる環境に地殻変動が起こっている時代もない。「(笑)」「warau」「w」「草」と並べてみれば分かるが、ここには表意/表音、文字/音声といった対立が混淆している。これは極めて現代的に思える。しかし『文字渦』を読んでいくと、この種の変化は文字が誕生した瞬間から、今ほどのスピードではないにしろ、常に起こり続けてきたことだと気付く。『文字渦』は現代の文字の生物的変化を、歴史化しうる物語なのだ。
この記事の中でご紹介した本
文字渦/新潮社
文字渦
著 者:円城 塔
出版社:新潮社
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