晶文社『吉本隆明全集』刊行記念 連続講座〈吉本隆明のDNAをどう受け継ぐか〉第一回 詩と科学の魂をつなぐ 橋爪 大三郎(社会学者) 水無田 気流(詩人・社会学者)|書評専門紙「週刊読書人ウェブ」
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更新日:2016年9月23日 / 新聞掲載日:2016年9月23日(第3157号)

晶文社『吉本隆明全集』刊行記念 連続講座〈吉本隆明のDNAをどう受け継ぐか〉第一回 詩と科学の魂をつなぐ 橋爪 大三郎(社会学者) 水無田 気流(詩人・社会学者)

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七月十二日、東京堂書店神保町店東京堂ホールで、社会学者の橋爪大三郎氏と詩人・社会学者の水無田気流氏による、晶文社『吉本隆明全集』刊行記念・第一回「詩と科学の魂をつなぐ」トークイベントが開催された。本講座は二〇一四年三月から刊行開始された、晶文社『吉本隆明全集』(全三八巻+別巻一)の第一〇回配本第一巻(二〇一六年六月)の刊行を機に、連続講座<吉本隆明のDNAをどう受け継ぐか>として企画。本講演では、かつて吉本隆明の芸術言語論についての講義ビデオを制作した縁のある二人をゲストに迎え、吉本思想を支えた科学と詩、両方の魂に光をあてながら、歴史の大きな転換点にある今、時代に対して私たちはどのような態度でのぞむべきなのか解析を試みた。その模様を抄録して掲載する。 (編集部)


敗戦の記憶と高村光太郎


吉本隆明 1924~2012
水無田
 ではまず吉本隆明さんの作品群の原点にあるような戦争体験、敗戦の記憶のところから議論を始めたいと思います。吉本さんは二十一歳で敗戦を迎え、もともとは軍国少年だったというようなことも述懐されていますね。私の記憶が正しければ、いわゆる国威発揚的な思想に熱狂したなどということについての反省ではなくて、もっと直裁的な敗戦体験から詩が出てきて、次に詩を出し切ったくらいのところから評論が出てきたというように思うのですが、これはいかがでしょうか?
橋爪
 微妙な年代なんですね、吉本さんは。兵隊に行っていないが、かと言って責任のない小学生というわけでもない。当時、理系には徴兵猶予の特例があった。吉本さんは、山形県の米沢高等工業学校から東工大に進んだ、理工系の学生だった。同年代で徴兵になったり志願したりした人はいくらでもいたはずです。
水無田
 確かに、工学部の学生さんたちは徴兵猶予があったようですね。
橋爪
 まあ当時の若者は、誰もが死を覚悟していただろうから、猶予といっても戦地に赴くのが早いか遅いかの違いだけ。実際の戦地は大変な場所で、それをくぐり抜けて、元の社会にようやく帰還できる。これから行くという矢先に戦争が終ってしまったため、中途半端な感覚が残ったのではないか。
水無田
 荒地派でいえば、上の世代になると戦争に行っています。鮎川信夫も戦死した友人、ないしは戦死者そのものを象徴した人物をモチーフに、「死んだ男」を書きました。この作品が「戦後詩の始まり」と呼ばれるのは、非常に大きな意味があると思います。戦後の現代詩は戦争体験、しかも実際に戦地に赴いた人たちが、戦争体験への反省、反戦思想を広めるという意図が下地になって書かれているんですが、吉本さんはそこのところが空白であるという訳ですね。
橋爪
 戦争は、ひと言で言えるような簡単な体験ではない。善と悪がはっきりしているものでもない。まして敗けたのだから、それとどう向き合えばいいのか。戦地の体験を土台にできれば、それを踏まえてめいめいの思いや立場をのべることができる。でも、戦争に行く前に戦争が終わってしまったら、同じ土俵に立つことはできない。その次の世代になってしまう。
水無田
 遅れてきた荒地派であると同時に、戦争体験の共有の下地が上の世代と完全に異っているところも加味しなければいけないと。
橋爪
 詩のことはよくわかりませんが、そういう一年二年の、ちょっとした違いで、立脚点が変わってくるだろうと思うんですね。
水無田
 国威発揚詩をたくさん書いた高村光太郎に対して、実際に戦争に赴いた世代の詩人たちがよく“戦後象徴としての高村光太郎殺し”を口にするのを耳にしてきたんです。戦後、高村光太郎を暗殺するつもりで短銃を仕込んで山荘まで行ったとか……。本当かどうかはわからないですが、ただ「象徴としての高村光太郎殺し」を志したということが、戦後現代詩人としての面目躍如、矜持のようになっている世代の人は、確実にいるのかなと。
ところが吉本隆明さんの『高村光太郎論』は、随分それとは異なりますよね。思春期から青年期に高村光太郎を読んだ人たちの中では独特なスタンスがあったように見えます。これは、なかなか整理がつかない。高村光太郎は父なる自然を詠い上げ、それが天皇制へと収斂していったわけですけれども、戦後吉本さんは詩魂が抜かれたなんて言い方をしつつも、その高村光太郎の矛盾を矛盾そのままに描こうとしたように私には見えるんですが。
橋爪
 私にはアウェイのエリアで、しかも高村光太郎をそんなに読み込んでいるわけでもないのですが、吉本さんがまず実感したのが、戦争が終わるとは、こういうことなのだという大きな驚きと不信。戦争を指導していたはずの、責任世代に対する不信。あれだけ戦争をあおり、偉そうなことを言っていたのに、みな手の平を返すように、いままでのことなどなかったかのように、新しい日本だ、平和だ、民主主義だと急に言い出す。悪者は誰だと犯人探しをする。誰もが戦争を支持していたはずなのに、口を噤んで、なかったことにする。これは何だ、文学はこれでいいのか、思想は、言論はこんなことでいいのかと、深い不信感を抱いた。

そこで注目したのが、戦争によって変わらない、芯があるのかということ。例えば高村光太郎は、戦争中に詠った詩について恥じていないんじゃない? 多くの作家や詩人は、戦争期の作品を全集に収録しなかった。戦後の人格と戦争期の人格はどういう関係なのかを、説明できない人になっていくわけです。吉本さんも敗戦を境に大きな屈折を経験し、自分の問題でもあったんだけれど、そこでへこたれず一貫した発言をしている人がいたとしたら、その人に注目せざるをえないわけです。政治的立場、作品の性格を超えて、この人は信念がある、この人は譲らない芯がある、それはなんなのだろう。そういうものが私にはあるのかと自問しつつ、惹かれていったのではないか。
水無田
 今の説明は腑に落ちました。高村光太郎はよくも悪くもぶれない。敗戦で一気に塗り替えられてしまったその空白、塗り替えられる以前のものを、吉本さんは高村光太郎をきっかけに読み解こうとされたのかな、と。吉本さんの初期の評論で、一番読み込んだ作家は高村光太郎だと思うのですが、それはやはりそれだけの理由があったのだということですね。

『共同幻想論』のインパクト


『吉本隆明全集』全38巻・別巻1※既刊=第一巻、第四巻~第十二巻/次回配本予定=第二巻(二〇一六年十月)、第三巻(二〇一六年十二月)
水無田
 では詩から離れて、橋爪さんがいちばん話したいテーマを。
橋爪
 水無田さんは同時代で読んでいなかったということですが、私も吉本さんよりだいぶ下の世代だから、ほんとうの同時代とは、五〇年代、六〇年代の読者だろうと思う。でもまあ、出版されてわりにすぐ読んでいるものもいくつかある。その感覚は、しばらく時代が下るとわからなくなると思うので、そのことをいくつか言いましょう。

『共同幻想論』は、雑誌に連載されたあと単行本になって、私は単行本をさっそく求めて読んだ。友人はみんな読んでいた。当時私は、サヨク学生みたいで、マルクス主義の本は片端から読んで、おかしいなと思いながらも、私のほうが間違っていて、マルクス主義のほうが正しいのではないかと、まだ感じていた。

そういうときに読んだ『共同幻想論』の、どこにインパクトがあったかというと、まず「幻想」という考え方です。これは彼が選び抜いた言葉だと思いますが、ふつうなら虚構とか言いそうな内容を、幻想と言っている。虚構だと、現実や真実と対照されていて、二次的で取り去ることかできるという感覚があるんだけど、吉本さんの言いたいのは、人間の観念世界はそういうふうなものではなくて、幻想だと考えるべきだ、と。幻想は現実の一部分である、と。これは、マルクス主義の考え方とずいぶん違う考え方なんです。マルクス主義であれば、観念とか上部構造、イデオロギ―というふうに考えて、人間の観念世界、思想、言語、知識、そういうものはすべて批判的に検討できると考える。その批判の根拠はいろいろあるんだけれど、マルクス主義の理論体系、経済学やら、哲学やら、歴史学やら、弁証法やら、たくさんあって、散々議論が積み重なってきた。そういうものを百も承知の上で、幻想と言わないと駄目である、と。これは、衝撃的な提案だった。

この考えはどこから出てきたかはわからないけど、フロイトがひとつの源泉になっているかもしれない。フロイトはエディプス・コンプレックスとか、対幻想にあたるような心的ダイナミズムの議論をしている。エゴとかイドとか無意識とか、自己幻想にあたるような精神領域も扱っている。吉本さんがフロイトと違う点は、共同幻想というものがこれらと同等にあり、三元的に幻想領域ができているという構成を取ったこと。非常に鮮烈に、私は受け取りました。

権力の実質は、共同幻想だというテーゼもある。マルクス主義の言うような、物理的実力ではないのです。その共同幻想のシステム自身はいつごろ出来上がっていたかというと、天皇制の起源である日本の古代、「上代」の時期からそのもう少し前ぐらいの段階で形成されている。その生成のプロセスを目撃するかのように語るため、柳田國男の民俗学を参照した。現代の民話研究の資料を用いても、それは古代の共同幻想の初発の時期とほぼ並行する深さを持っている、という仮説のもと、『遠野物語』を、『古事記』、『日本書紀』、『万葉集』と並ぶ素材とした。マルクス主義とフロイトと少しだけレヴィ=ストロースの方法を加味した、という大胆きわまる本なんです。
水無田
 上代文学や『古事記』に関して言えば、歌謡が占めるウェイトも重要というところも、非常に面白いですね。また、マルクスとフロイトの接合といえば、例えばヨーロッパだとフランクフルト学派のような接合の仕方もあるのですが、吉本さんの場合は上代文学まで遡ってその起源を読み解こうと、言語学や民俗学などの知識を使って、日本語表現のオリジナリティ、日本独自の共同性や文化特性を検証する必要性を覚えられたからなんでしょうか?

普遍言語としての「幻想」

橋爪
 日本の観念世界を探るのに古い歌を読みましょうというのは、確立したメソッドで、契沖も賀茂真淵もやっていて分厚い伝統がある。国文学にコミットし詩人で文学者だと自認しているなら、当然このアプローチを手にしている。吉本さんはマルクス主義にもコミットしているから、権力の発生と消滅、人びとが現実に生きていくための条件を見きわめなくてはいけない、この両方をやろうと考えたら、いま述べたような問題領域が出てきて、着想が生まれて、そういう書物が出来上がった。これを思想的なクリエイティビティとして考えるなら、同時代の水準を抜けていると私は思う。非常に大きな仕事だと考えます。
水無田
 たしかに既存のメソッドとしてあったものでも、ここまで多くの領域を越境的に論じている人はなかなかいません。改めて、その大きさは重要ですね。ところで最初の話に戻りますが、幻想という言葉を敢えて選ばれたわけですけど、以前から疑問に思っていたことがありまして。この「幻想」は、英訳するとどういう言葉が一番しっくりくるのでしょうか?
橋爪
 よくわからないですね。
水無田
 本当に、わからないですね。幻想というのは、一番肝となる術語だと思うのですが、こうして考えると対比する他の言語での表現で、いいものがなかなか見つからない。
橋爪
 これは、本質的な点なのです。日本語の言葉を組み立て、真剣にものを考え表現して作品をつくったとする。それが、文学作品なら、外国語に翻訳できなくてもまだ諦めがつく。でも、それが思想なら? 思想は、論理の骨格で勝負するものなので、それが外国語に翻訳されて外国の人びとに理解されたとき、普遍性をそなえた本物の思想ということになるのではないか。翻訳できなければ、翻訳もできない言葉でものを考えているのか、と言われかねない。社会学は外国から入ってきた語彙で考える学問なので、日本語を使っていても、それに対応する外国語がいつも頭の中にある。けれど、吉本さんの言葉の使い方は、必ずしもそういうふうでない。大事な概念が日本語で着想されて、これだという確たる意味を持っているようにみえるんだけど、それがどういう概念なのかをなかなか日本語の論理のなかで突き止められない。ということは、翻訳がなかなかできない。そうすると、評価が難しいのです。私の直感を言えば、吉本さんはアカデミズムの標準に合わない言葉を使っているけれど、もっと本質的な仕事をしているので、必ず普遍言語になる(翻訳も可能である)と思っています。

詩と科学の魂をつなぐ感性

水無田
 通常、サイエンスの言葉として他の言語表現と区分する為には、何らかの普遍的な統制が効かないと成立しない。でもサイエンスが入り込まない領域の普遍性を、吉本さんは日本語を完全にベーシックな言語として書かれてしまっているので、ここが吉本さんの思想をこじ開けるときに難しくなるところなんでしょうか。
橋爪
 今日の主題でもあるわけだけれど、吉本さんはサイエンスのトレーニングをきちんと受けた人です。そして、思想家になる前に、どうしても文学を通過しなければいけない人だった。この両方を手がけるならば、この関係は、と思うに決まっている。吉本さんは真剣に考えたんだと思います。詩人であり社会学者である水無田さんはやはり、同じ問題を必ず考えているはずだから、教えて欲しい。
水無田
 まず社会科学系の研究者の考え方としては、つまりサイエンティストとしてはやはり、ドグマを排しなくてはいけないという命題があるわけですよね。独断独善を排さなくてはいけない。たとえば今、私がこのように思っているという実感があったとしても、それはエビデンスがなければ、なんの価値もないとみなされるのがサイエンスです。でも一方で私の場合、矛盾や葛藤があって、人間の情動なり叙情性なり、あるいはもっと民族、文化集団として持っている情動性みたいなものを突き詰めて考えたときに、サイエンスの言葉では間に合わなくなって、突発的に詩を書き始めたら現代詩手帖賞をもらってしまって、その後詩集を出しませんかと言われ、もう一生に一冊しか出せないだろうと思って、いろいろと不格好に詰め込み過ぎてしまった詩集を出したら、思いがけず中原中也賞をいただいてしまって、まわり中にバレて引っ込みがつかなくなったというだけの人間です。

吉本さんが『日時計篇』を書いておられた頃のように、毎日毎日あれだけの量を書くという巨大な創作意欲をもってして書いた作品に比べると、私の作品はごくごくささやかだと思います。非常勤講師をずっとやっていて、講義から講義の移動の間に電車の中などで書いたのが、『音速平和』という詩集ですから。その詩集をたまたま吉本さんが入手されて、若い人たちの詩は無であるが、「この詩集は無の中から何か新しいイメージを掴もうとしている徴候が見られる」などという過分な言葉をいただいたのですが、一つだけすごく気になったのは、「なぜあなたはヴァレリーのように詩の中で思考しないの?」と吉本さんに問われたことです。しどろもどろになりながら返答したのですが、『音速平和』の表題になった「音速平和」という詩は、ヴァレリーの「海辺の墓地」のパロディで、あの近代人の壮大な意思を読み込んだ詩のモチーフを、バラバラにして脱色して意味や価値の重みをはぎ取って、投げ込んであるんです。でも未だに、ヴァレリーのパロディだねと言われたことはないのですが。唯一そのときだけ、吉本さんただ一人がヴァレリーということを仰って……、にこにこしながら仰ってたので、からかわれたのか、真面目にその通り聞かれたのか、もうお亡くなりになってしまったので、そのことを聞くことはできないのですが。ともかく、詩の中で思考することすらできないような、サイエンスでも掴めないようなものを掴もうとするときに出てきたもので、自分でも説明ができない。

例えば、有名な言葉で「アウシュヴィッツ以後、詩を書くことは野蛮である。」(テオドール・アドルノ)という言葉がありますが、理性的なシラーであるとか、ヘルダーリンであるとか、そういった理性から生まれたものが総力戦を生み、かつ大量破壊兵器を生んだのだから、人間理性の美というものを徹底的に信じる詩などというものも書けない、というのが一般的な理解なんですけれども、さらにそこからそうした近代詩なるものの定立位置すらも見えないところに私たちは放り込まれているのだということが書きたかった、そういう情動だけがあったんです。
橋爪
 詩はパートタイムで書けるが、小説はそうはいかなくて、本気になればフルタイムで書かなければならない。よって、仕事としてのハードルも高い。吉本さんは、フルタイムで苦学者なり工場の労働者なりみたいなことをしながら、パートタイムで詩を書いていた。フルタイムの仕事はだんだん評論や著述のほうになっていくのですが、それと詩は両立するのかしないのか。もしサイエンティストをやりながら詩を書くことを選んだなら、評論はサイエンスみたいなものかもしれないので、詩も書き続けいていいはず。水無田さんはサイエンティストであって詩を書いているという立ち位置です。社会学者を続けながら詩を書いている、という行き方は十分ありうる。でも吉本さんは、詩をやめたんですよね。ということは、サイエンスと詩が融合したものとして、吉本さんの思索の仕事が始まって行ったのかもしれない。そうじゃないかもしれない。それはどう思いますか?
水無田
 その意味では、サイエンスの言葉に分割できないような術語を使われるということが私は腑に落ちました。詩の言葉の源流みたいものがもしかしたら評論の中に偏在し、完全に一体化しているような思想になられていった中で、あれだけかつては大量に毎日書かれていた詩作品を、書かなくなるということが起きてきたということなんでしょうか?
橋爪
 それは私はわかりません。が、もしそうだとすると、サイエンスから考えてみると、ちょっと問題がある。そこに情念だとか感性がすっかり盛り込まれているってことになって、それ自身は悪くないんだけど、それが科学性を歪めていないかという問題が起こる。例えば、一九八六年に吉本さんに、権力っていうのはニュートラルな現象じゃないんですか、と私がたずねたら、権力は悪いものなんだと吉本さんは答えた。「悪い」って、価値判断じゃないですか。サイエンスだったら、対象の中に「悪い」ものはない。これがサイエンスだと思うんですけど、そうじゃない可能性があるのかもしれない。あれだけ優れた方であるけれども、科学と文学の仕分けがちょっと独特だったのかなと思ってしまう。
水無田
 仕分けの仕方が独特である。確かに橋爪さんが言うように、いわゆる手垢のついたアカデミックな哲学分野での思考体系のディシプリンを受けていない方ですよね。そうすると従来の術語の使い方の体系にないようなかたちで、それでしか掴めないようなものが逆に言うと掴み上がってきてしまうという効果が現れたのでしょうか。この点は、どう思われますか。
橋爪
 アカデミックな訓練を受けていないとはとても言えないと思う。数学であれ物理であれ、理工系の基礎はしっかりしているし、理性は強靭で、そういう観点からさまざまな論者のさまざまなインチキやレトリックを見破って、厳しく批判してきた。当然その批判力は自分にも向くわけだから、自分にも厳しかったはずです。
水無田
 なるほど。たとえば学派ごとに分化した思想をもとになされるような哲学思考以上に、理工系の思考訓練と、何より強靱な理性こそが思想の根底にあったのは確かですね。最初の詩の話に戻りますが、叙情性、自然、季節、眼といった、吉本隆明さんがよく使っている詩のモチーフで、「視ている私」が描かれていく特徴があるのですが、視ていると同時に自分が次第に矮小化されていって視られてしまうというあたりに特徴があって、この視点の移動などは吉本さんは「感性の秩序」という言い方をされていますが……、自己に向かって行くプロセスを描いているようで、自己の視点の置き方とか描き方、掘り下げ方がまさにサイエンスだけでもなく、詩情だけでもないところで、一つの表裏一体となったような言葉を練り上げてきた人らしい作品群だと思います。「感性の秩序」と「科学性」を接合していった結果、翻訳不能なほどに日本語独自の術語の数々が出来上がったのかなと、今橋爪さんの言葉をうかがって、改めて確信しました。本日は、どうもありがとうございました。
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