保守主義とは何か 書評|宇野 重規(中央公論新社)|書評専門紙「週刊読書人ウェブ」
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読書人紙面掲載 書評
更新日:2016年10月28日 / 新聞掲載日:2016年10月28日(第3162号)

保守主義とは何か 書評
バーク的保守主義の歴史的性格 その原理を概観し、現代的意義を説く

保守主義とは何か
出版社:中央公論新社
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フランス革命批判者エドモンド・バークを規範として保守主義の原理を概観し、その現代的意義を説くこと。正当でもあればありふれたものでもあるこのような企図に発しつつ、宇野重規『保守主義とは何か』は、今日の読書人の真の思索の糧たりうる啓発的な小著となっている。本書の意義は何より、バーク的意味での保守主義の歴史的性格に立ち返りつつ国際比較を試みることで、それがどこにでも存在する保守的なる精神の発露とは次元を異にする何かであって、むしろ日本的近代の形成過程を含む多くの場合において、たやすくは成立しえない困難を抱え込んできた事実を強調する点にあるといえよう。

著者自身が示唆しているように、この歴史的性格は、西洋世界内部においては、まずはフランスとの対比において明らかとなる。じっさい英国における「保守主義」は――本書では「進歩主義」と一対を形成するものとして提示されているが――、フランスにおける左右の政治的対立の「右」と共通の運命を生きてきたのではない。十九世紀以降のフランスでは、一七八九年の革命と人権宣言によって提案された秩序を制度化し、安定的に維持していく試みが主流の地位を占めたため、この近代的な体制構築の企図への抵抗によって特徴づけられる政治的右派は、正統性の欠如に苦しんできた。この国にあっては、「左」への帰属が誇らしげに掲げられる一方、「右」に分類されるべき人びとは自らそれを称することを差し控えるのが一般的な傾向であった(なおこの状況は、まずは一九八〇年代の社会党政権の躓きが右であることの象徴的価値の相対的な向上をもたらしたことで緩和され、やがて二〇〇七年のサルコジ政権成立とともに、「コンプレックスを解消した右派」が語られることになる)。

英国の保守主義に関しては、事情が異なる。フランスの右派にとって、現行の秩序を保守することが問題とならなかったのに対し――「不可能な保守主義」(F・ユグナン)が論じられる所以だ――、イギリスが十九世紀前半において早くも保守主義に正統性を認めえたのは、この国がすでに名誉革命と権利の章典(一六八九年)によって保守すべき体制を樹立していたからだと著者は強調する。保守すべき体制とは「自由の体制」、すなわち権力の専制化を防ぎ、一定の民主主義的配慮のもとに人びとの自由を確保するにふさわしい制度的体系にほかならない。このような国制を守り、徐々に発展させていくことこそがバークの信条であって、何であれ既存の秩序の防衛と維持が問題となっていたのではないのだ。「革命を否定しつつも、社会の漸進的改革を主張する立場」としての保守主義は、一七八九年に先立つ一六八九年によって、すなわち英仏海峡の向こう側で抽象的な政治理念による近代化が提案されたときにはすでに、「古来の自由と権利」に根拠を置きつつも一定の近代的な制度的枠組みが成立していたイギリス固有の歴史的状況によって、可能となったのである。「保守的」であることが「高度に自覚的な近代的思想」と結びつきえた他の事例として、著者は王制も貴族制もなく、当初より自由主義を建国の原理として出発しえたアメリカ合州国の経験を論じる。そして例外というべきこれら両国以外の場所での保守主義の困難を、世界のおおかたの地域での政治的近代化が伝統的な政治体制の打倒を課題としてきた事実によって説明するのである。

すでに触れたフランスのみではない。近代日本の経験は、まさにこの困難によって特徴づけられてきた。「バークの定義に立ち戻るならば、近代、そして現代に至るまで、日本に本当に保守主義が存在したのかは疑問が残る」のだと著者はいう。なるほど、すべてが「普請中」(森鴎外)の維新後の日本にあっても、伊藤博文から陸奥宗光を経て原敬に至るまで、明治憲法に内包された自由の論理の維持と発展を自覚的に追求した人びとのうちに「保守主義の本流」を認めることはできよう。しかしこの流れに連なる「重臣的リベラリズム」について、著者は丸山眞男とともに、制度的枠組みに対する軽視ゆえの「無限の状況適応主義」という限界を指摘する。以後の展開についても同様で、「敗戦と占領という経験」を反省しえなかったこともあって保守すべき明確な使命を欠落させてきた結果として、「戦後日本の保守主義が、必ずしも現行の憲法秩序に価値的にコミットしないという皮肉な状況」が生まれたのだった。

国制ないし憲法秩序の維持・発展の企図と結びつけて保守主義を定義する本書の議論が、日本国憲法の行方をめぐって「立憲主義」が盛んに論じられるようになった昨今の状況を意識しつつ提出されているのはいうまでもない。この点についても、すでに触れた一六八九年と一七八九年の連関についても、われわれの著者と樋口陽一の立場を比較するのは興味深いことだ。「四つの八九年」のテーゼで知られる後者は、権利の章典から人権宣言への海峡を跨いだ発展を見定め、また西欧におけるこの経験の普遍的価値が一八八九年(大日本帝国憲法制定)と一九八九年(ベルリンの壁崩壊)によって確認されたことを説く。この単一の普遍的原理の物語にあって戦略的に周縁化されている各国・各地域に固有の歴史的次元を、前者は改めて強調することで今日の困難な状況に説明を与えようとする。そして憲法に体現された「戦後日本」の「保守」を唱える『いま、「憲法改正」をどう考えるか』(二〇一三年)の著者が、自己の立場を今日可能な唯一の――もちろん、「戦後レジームからの脱却」を掲げる「急進ナショナリズム」を除けば――立場のようにして掲げるのに対して、『保守主義とは何か』の著者は「あとがき」において自らが必ずしも保守主義者ではないと確認することで、保守主義以外の立場にも存在の余地を認めている。慎重に表明されるこのような配慮は貴重なものである一方、「保守」を自称する「急進」以外のあらゆる立場が本書で定式化される保守主義の枠内に収斂しているように見える今日の論壇状況にあっては、一個の挑発のようにも響く。
この記事の中でご紹介した本
保守主義とは何か/中央公論新社
保守主義とは何か
著 者:宇野 重規
出版社:中央公論新社
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