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”Letter to my son"
更新日:2018年9月18日 / 新聞掲載日:2018年9月14日(第3256号)

Letter to my son(8)

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(C)Eiki Mori Courtesy KEN NAKAHASHI

夏休み、僕はスペインのマヨルカ島にある友人の別荘に滞在している。大学で仲良くなった友人は元フライトアテンダントで、夫のニューヨークへの転勤に合わせ、前々から興味があった写真を、僕と同じParsons美術大学で学んでいる。彼女の夫は、夏の間、バルセロナで勤務し週末ここへやってくる。平日は彼女と僕のふたりで、朝起きて搾りたてのオレンジジュースとマフィンを食べながらソファーで本を読み、午後は近くの村や海岸へ出かける。そんな毎日だ。

“松の丘”と呼ばれるエリアにある別荘からは海が見渡せる。ある夜、プールサイドでひとり寝転がっていた。ショパンがこの島に住んでいた時に完成させた曲、と先日教えてもらったBallade No.2の旋律が、2階の彼女の部屋の窓から松の木を伝って海風に放たれている。怠け者の夕焼けがまだ端っこに残る空に、でっかい月が輝き始め、光の細雨を大海へ注ぎ満たす。夜の海がこんなに明るいなんて。白藍の砂漠みたいだ。雨に潤った砂の一粒一粒がパールのように鈍く発光しながら儚い砂紋を作る。遥か彼方の蜃気楼の中に、あのふたりが歩いているのが見える。詩人が彼の頬についていた砂をやさしく払い落としている。眩しい砂漠へ、微笑み合うふたりへ、僕はそっと手をかざす。ふたりに会いたい。

「ごめん、寝てた?」彼女はワイングラスをふたつ持って、そばに腰掛ける。「あ、うん、少し寝てたみたい」。「それ、あの詩人の詩集?」。僕はお腹の上に乗せていたそれに手を添える。「うん」。「ひとつ聞かせて」。「え、朗読? オッケー、ちょっと待って」。僕は仰向けのままページをめくる。いつの間にかピアノ曲は終わっていた。遠くの静謐な波音と蜃気楼の揺らぎに呼吸を合わてから、一番好きなThree Skiesという名の詩を、僕はゆっくり読み始めた。
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