アガンベンの身振り 書評|岡田 温司(月曜社)|書評専門紙「週刊読書人ウェブ」
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更新日:2018年9月15日 / 新聞掲載日:2018年9月14日(第3256号)

「エピゴーネンの流儀」とは何か 
哲学者の思考に寄り添いながら、ともに思索を紡ぐ

アガンベンの身振り
著 者:岡田 温司
出版社:月曜社
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歴史上に名を残す人々が、成し遂げた仕事や引き起こした事件によってではなく、むしろ日々のなにげない仕草や身振り、奇矯な振る舞いや不思議な奇癖によって、忘れがたい印象を与えることがある。たとえば哲学者たち――ソクラテスはいつも裸足で歩いていた、アリストテレスは温めた油の入った革袋を腹の上に載せていた、フランシス・ベーコンは牛革の臭いに不快感を催したため彼に会う者はだれしも馬革の靴を履かねばならなかった、スピノザは疲れると蜘蛛を捕まえて闘わせていた、といった逸話が伝わる。彼らの考えたことは普遍性をもつにしても、その身振りはあくまで彼らひとりひとりの特異なものだ。今日ではことによると写真がもっともよく伝えてくれるであろうそうした身振りに、その人となりがあらわれる。古代のローマ帝政期に『英雄伝』を著したプルタルコスは、歴史ではなく「生」(ビオス)を書くのだとして、英雄たちの特異な身振りの数々を集成した。ルネサンス期のヨーロッパでも、ミシェル・ド・モンテーニュがプルタルコスを愛読してみずからの身振りを『エセー』に書き留め、ジョルジョ・ヴァザーリが同時代の芸術家たちの身振りを飽くことなく『美術家列伝』にまとめあげた。本書『アガンベンの身振り』の主役たる現代イタリアの哲学者ジョルジョ・アガンベンが「様態の存在論」「生の形式」を語る背景には、そのように「身振り」に眼差しを注いできた思想の系譜があるだろう。思い起こしておけば、アガンベンにしたがうなら、その人がその人であるという特異性は、他者から往々にして隠されるような私秘的な内面性などではなく、常日頃から他者の眼にさらされている身振りにあるという。

本書は、アガンベン自身の身振りを現代のドイツやフランスの哲学者たちとの関係にさぐり、またアガンベンが身振りをどう捉えているのかを彼の映画論にたどるものだ。二十年来書き継がれた「ホモ・サケル」プロジェクトが終結し、自伝『書斎の自画像』(二〇一七)が上梓された現在にあって、本書は日本へのアガンベン翻訳紹介を二十年来手がけてきた美術史家によって著された。とはいえ、小ぶりで慎ましやかな体裁の本書は、包括的な解説や総括的な批評を繰り広げるものではない。明快な結論を下すことも避けて、断章形式でもってアガンベンの思考に寄り添いながら、ともに思索を紡いでいく。もしアガンベンの著作を読まずに済まそうとして本書を手に取るなら、その期待は裏切られよう。

本書で注目されるアガンベンの「エピゴーネンの流儀」とは、「他者から出発してのみ生まれ、この依存関係を決して否定しない」ものだという。幼児期のわたしたちがはじめて言葉を習い覚えたとき、身近な人々の語る内容を理解するよりもまえに、その口調、声音、表情、身振り手振りをなぞって、いつしかそれを自分固有のものにした。エピゴーネンの身振りとは、言ってみればパラダイム――かたわらで示すもの――をなぞる身振りだ。身振りはしばしば自己のかたわらで手本を示してくれる他者の身振りをなぞる。そうして身振りは、自己を示すのみならず他者との関係を築き、自己と他者の境界をかぎりなく不分明にしながら特異性と共同性を同時に打ち立てる。アガンベンはそれを「生の形式」として繰り返し語ってきたのだった。

本書の最終章「「人間とは映画を見に行く動物のことである」――アガンベンと映画」では、映画への愛を共有しているからだろうか、オーソン・ウェルズ『ドン・キホーテ』をはじめとした映画を見るアガンベンの身振りを著者自身がなぞるかのように、多数の映画に触れていく。これもまたおそらくは「他者から出発してのみ生まれ、この依存関係を決して否定しない」身振りと言えるものであって、それがいかに発見と幸福に満ちたものであるかを感じさせてくれる。
この記事の中でご紹介した本
 アガンベンの身振り/月曜社
アガンベンの身振り
著 者:岡田 温司
出版社:月曜社
以下のオンライン書店でご購入できます
「 アガンベンの身振り」出版社のホームページはこちら
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