ポスト〈3・11〉小説論 遅い暴力に抗する人新世の思想 書評|芳賀 浩一(水声社)|書評専門紙「週刊読書人ウェブ」
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読書人紙面掲載 書評
更新日:2018年9月15日 / 新聞掲載日:2018年9月14日(第3256号)

ポスト〈3・11〉小説論 遅い暴力に抗する人新世の思想 書評
終わりなき「転換点」の内側にある断絶と連続を描出

ポスト〈3・11〉小説論 遅い暴力に抗する人新世の思想
著 者:芳賀 浩一
出版社:水声社
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東日本大震災とそれに伴う原発事故を、日本のみならず地球全体における「歴史的転換点」とみなすことに、異議を唱える人は少ないだろう。だが、その「転換」が、すでになされたか否かについては、意見の分かれるところだ。なぜなら、未だなされず・・・・・・と主張する側に立つならば、あの日から七年以上の月日を経てもなお、私たちは〈3・11〉という「転換点」の内側で苦しみ続けているのであって、転換がなされたという事実を認定する権限など、初めから誰の手にもないということになるからである。

本書の著者である比較文学者の芳賀浩一も、基本的には、未だ転換はなされずという立場をとる(「『歴史的転換点』を象徴するのにふさわしい一冊の小説は未だに生まれていない」)。〈3・11〉への心理的な近さの中で発表された震災小説が、二〇一五年をピークに減少していったと報告する芳賀は、あえて「ポスト〈3・11〉小説」という呼び名を採用することで、この終わりなき「転換点」の内側にある断絶と連続(「震災直後の衝撃を作品化した小説はほぼ出尽くし、継続して東日本大震災にかかわり続ける意志をもった作家が残るようになってきた」)を、「人新世」という新しい環境論的パースペクティブのもとに描出しようとするのだ。

そもそも、〈3・11〉に関して、小説家としての初動の早さが際立ったのは、「かいじゅうたちがやってきた」を連載していた椎名誠であったという。だが、ここで芳賀が重視するのは、椎名の紙媒体における「リアルタイムな反応の極限」が、単行本化に際しては、文芸誌掲載時にあった「環境と物質の痕跡」を失い、人間中心的な近代文学のフォーマットに回収されてしまったことであった。それはまさしく、「近代の成果と『人新世』の認識を融合することの困難さ」であると、芳賀は指摘する。

はたして、震災と原発という複合災害が露わにする「人新世」の本質(地球環境と人間の活動は不可分だという認識)から目を逸らすことなく、良質な「ポスト〈3・11〉小説」を紡ぎ続けることは可能なのか。大江健三郎から多和田葉子に至る、純文学系の主要作家を論じながら、やがて芳賀が発見するのは、古川日出男、木村友祐、津島佑子らといった東北出身者たちが「東日本大震災の中にコロニアルな歴史を見出し」ているという事実であった。

社会的弱者にかかる環境的負荷を論じたロブ・ニクソンを援用しつつ、東日本大震災は「遅い暴力による文化的な衰退をもたらす」と芳賀が指摘するとき、その「遅い暴力」を引き起こしたのは、植民地主義的な権力構造そのものとしての「東北の歴史・文化的地形」に他ならない。つまり、私たちに「歴史的転換」を迫る〈3・11〉とは、日本社会の不均衡な構造を、ポストコロニアルな歴史的/地理的な認識方法によって捉え直す必然を説くものであり、それは「人新世」という名の、本書のよって立つ環境思想の歴史的/地理的な広がりと重なりをもつ。

そして今、〈3・11〉が顕在化させた日本社会の「遅い暴力」は、廃炉作業のような過酷な現場において、東北という地域に限定されない国外の弱者たちをも標的にしているし、海洋汚染も土壌汚染も、問題がもはや、ローカルとグローバルの二項対立に収まり切らないことを明らかにしている。このような事態を我が事として思考するためにも、私たちにはやはり、新しい物語=小説が必要だ。

くしくも本書の刊行直後、そうした「新しさ」をまとった小説「美しい顔」が芥川賞候補となるも、盗作疑惑でたちまちメディアの餌食となってしまったが、これをもって「ポスト〈3・11〉小説」の可能性が減じてしまったと考えるのは早計だろう。芳賀も切望する、石牟礼道子の『苦海浄土』にも匹敵する一冊が現れない限り、私たち読者は、未だ転換はなされず・・・・・・・・・という気概をもって、あの日を語る小説たちに向き合わねばならないのである。
この記事の中でご紹介した本
ポスト〈3・11〉小説論 遅い暴力に抗する人新世の思想/水声社
ポスト〈3・11〉小説論 遅い暴力に抗する人新世の思想
著 者:芳賀 浩一
出版社:水声社
以下のオンライン書店でご購入できます
「ポスト〈3・11〉小説論 遅い暴力に抗する人新世の思想」出版社のホームページはこちら
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