虚子は戦後俳句をどう読んだか 書評|筑紫 磐井(深夜叢書社)|書評専門紙「週刊読書人ウェブ」
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読書人紙面掲載 書評
更新日:2018年9月15日 / 新聞掲載日:2018年9月14日(第3256号)

現代に虚子を召喚する 
俳句読解の低下を憂う一書

虚子は戦後俳句をどう読んだか
著 者:筑紫 磐井
出版社:深夜叢書社
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素人から見るとガラクタにしか見えないものも、骨董の目利きが逸品と見抜く場合は少なくない。近代俳句でいえば、最高の目利きは高浜虚子(1874~1959)であろう。「ホトトギス」を率いた彼自身も優れた作家だが、長年に渡り他者の句を選句し続け、「選と云ふことは一つの創作」(虚子)と言いきった名批評家だった。

虚子は戦後に「ホトトギス」雑詠欄の選句等から退き、また俳句界も反虚子系が主流となったため、彼が戦後俳句にいかなる感想を抱いたか、今や分からないことが多い。その間隙を埋めるのが筑紫磐井氏による本書である。

本書の目玉は第2部で、ある座談会での虚子発言が抜粋して紹介されている。戦後、虚子は娘の星野立子主宰「玉藻」編集に助言を惜しまず、その一環で若手俳人による研究座談会が開かれ、「玉藻」に連載された。虚子も参加し、明治期から戦後にかけて多様な句群を鑑賞しており、座談会の虚子発言を抜粋したのが第2部である。虚子は「ホトトギス」に投句された句の長所を述べることはあっても、他派の句の長短所を活字にしたことはほぼ初で、それも反虚子と目された戦後俳句を評したのは興味深い。例えば、石田波郷が敗戦直後の列車の混雑を詠んだ〈西日中電車のどこかつかみ居り〉については「感じ」が出ていると評価する。あるいは、新興俳句の「京大俳句」編集長だった平畑静塔の戦後句〈胡桃割る聖書の万の字をとざし〉を、虚子は次のように語る。「作者は『万の字』といふところに意図があるのであらう。あなたのいふやうに字の詰まつてをると解するか、聖書にくどくどと説いてあることは合点してゐる。(略)胡桃を割る女は聖書を軽蔑してゐる人とは思へない。それは此さういふ軽薄な感じは受けない。聖書をとぢて胡桃を割るといふところに、面白みを感ずる。唯『万の字』と言はなくては、いけないとは思へない。(略)が此作者は、も一つ追ひ詰めて言はないと不満足なのであらう。成るべく言はないでそれで意を通じさせやうとする我等とは違ふ」。虚子は自派と異なる作風ゆえの批判はせず、自派との違いを踏まえつつ句の特徴や作者の方向性を読み解き、「俳句」として良いか否かを閲する。派閥意識や理念で「俳句」を語らず、ひたすら俳句の職人として一句の感触を述べており、そこに稀代の鑑賞家たる凄みが感じられよう。

本書第1部は「「研究座談会」を語る」として当時参加した深見けん二氏を囲む座談会が収められ、また序章その他の随所に筑紫氏の論考や評言も添えられている。虚子の句評を通じて戦後以降の俳句史をいかに捉えるか、その道筋やヒントが示されているも本書の読みどころだ。筑紫氏は、「まえがき」に虚子の次の言を引用している。「俳句の面白味は、或程度説明してやらないとわからない。解釈をして、ママめてわかる人が多い。だが、その句が表現してゐる限界を越えて、説明するのは、よくない」。これを踏まえた筑紫氏は次のように述べる。「もちろん虚子が正しいとは言わない。しかし戦後の俳句の読解力の衰退を補うためには、明治・大正・昭和の知恵をぜひ学んでみることが必要だ。なぜなら現在我々は「その句が表現してゐる限界を越えて」解釈・批評しすぎってしまっていると思われてならない」(「まえがき」)。何をもって「俳句」とするのか、そのリテラシーが低下し続けているという氏の危機感が、虚子という稀代の読み手を現代に召喚する動機となったのだ。本書は単なる資料紹介ではなく、俳句の現状を憂う筑紫氏の述志の一書といえよう。
この記事の中でご紹介した本
虚子は戦後俳句をどう読んだか/深夜叢書社
虚子は戦後俳句をどう読んだか
著 者:筑紫 磐井
出版社:深夜叢書社
以下のオンライン書店でご購入できます
「虚子は戦後俳句をどう読んだか」出版社のホームページはこちら
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