連 載 シネフィリーの二つの世代 ジャン・ドゥーシェ氏に聞く73|書評専門紙「週刊読書人ウェブ」
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ジャン・ドゥーシェ氏に聞く「映画/映画作家/映画批評」
更新日:2018年9月18日 / 新聞掲載日:2018年9月14日(第3256号)

連 載 シネフィリーの二つの世代 ジャン・ドゥーシェ氏に聞く73

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1980年代のドゥーシェ
HK 
 そのようなあり方〔映画の交差に立ち会い映画作家を発見することができたこと〕は、ドゥーシェさんの世代のあり方、言い換えるとシネフィリーの黄金世代のあり方だったと、セルジュ・ダネーやジャン=クロード・ビエットは考えていたようです。50年代のシネフィルとは、映画を発見しなければいけなかった世代である。シネマテークや街の映画館に通い、すべての映画を見る、そして映画の選択を行う。
JD 
 確かに、それは私たちの世代が行ったことです。
HK 
 しかし、次の世代になると、すでに確立された映画批評のあり方が存在していました。そこから、ダネーやビエットの考えていた問題が生まれています。いかにして、シネフィリーと映画批評を続けて行くのかが、常に頭のどこかにあったようです。
JD 
 はい、ビエットやダネーは50年代終わりのシネフィルです。私たち40年代終わりから50年代にかけてのシネフィルは、映画を本当に発見した世代です。そして、取捨選択を行いました。ある映画監督がいかにして映画作家なのか、もしくはただの演出家にすぎないのか、そのような哲学を打ち立てました。60年代になる頃には、映画史というものが完全に再構成されていました。その頃になると、至るところにシネフィルがいたのです。シネフィルはその当時の流行のようなものであり、シネフィルでいることが若者にとっては魅力的だったのです。なので、多くの若い世代が映画館にいました。その流れの中で、若いシネフィルたちは、どのようにして映画作家が偉大なのかを代弁する人を欲していたのです。
HK 
 その代表格がジャン・ドゥーシェですね。
JD 
 ダネーやビエットは少し変わった映画の趣味を持っていたと思います。それについては、彼らの趣味なので触れないでおきます。ダネーの持っていたひねくれた物の見方やルイ・スコレッキの懐古趣味も、それはそれで良いとしましょう。しかし、他にも多くの批評家たちがいたのを忘れてはいけません。
HK 
 ジャン=ルイ・コモリとジャン・ナルボニは、リヴェットと一緒になって、政治的な批評へと向かいましたね。グラウベル・ローシャや大島渚のような映画が、批評対象の中核になりました。
JD 
 それにも、ちゃんとした理由があるのです。『カイエ・デュ・シネマ』とは、ヌーヴェルヴァーグを作った批評誌でした。『カイエ』の根底には、社会派映画という考え方に対する反対がありました。『ポジティフ』との間にあった争いは、根底にある考え方の違いが原因でした。『ポジティフ』にとっての映画とは、社会的問題を取り扱っている必要がありました。明白にイデオロギーを持ち、言ってよければ左寄りの考え方を持っていました。私たち『カイエ』は、右や左のような社会的性質には興味を示しませんでした。決して無視を決め込んでいたわけではありません。しかし、そのような映画の見方に関心を抱くことはなかった。私たちが行ったことは、次のように要約されると思います。映画作家というものが映画の歴史の中には存在していることを理解する。つまり、映画的感覚を持った演出家が存在していたということを示す。映画的感覚による映画とは、作品そのものが意味作用を生み出すもののことです。これが、私たちの考え方の中核となっています。このような例から、『ポジティフ』と『カイエ』の間には、単純な政治的な考え方の対立ではなく、映画に対する哲学の違いがあったことがわかるはずです。しかし、それも60年までです。

トリュフォーやゴダールのような『カイエ』の批評家たちが映画製作の場に活動を移すのに伴い、『カイエ』の中には一種の自由がありました。それまでの批評とは別の方向を探すことが可能となったのです。一方で、その頃になると、『ポジティフ』の重要性が増してきました。そして、『カイエ』の中でも、「映画の社会的側面を考察することを拒否していたのは、もしかしたら失敗だったのではないか」という疑念が浮かび上がってきました。当然、そのような社会的考察が、良質の映画の議論へと置き換わることがあってはいけません。つまり、何が正しいか知っている、もしくは知らないという考え方です。私たちは、「一つの作品が何を言っているのか、何を言わないのか」という点から、物事を再度見ることにしたのです。そのようにして、私たちは映画の社会的側面に、再び・・興味を持つことになったのです。 〈次号につづく〉
(聞き手=久保宏樹/写真提供=シネマテーク・ブルゴーニュ)
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