「毒婦」和歌山カレー事件20年目の真実 書評|田中 ひかる(ビジネス社)|書評専門紙「週刊読書人ウェブ」
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更新日:2018年9月15日 / 新聞掲載日:2018年9月14日(第3256号)

かき消されていった「証拠」 
「女性観」を研究している著者 だからこそ持ち得た視点

「毒婦」和歌山カレー事件20年目の真実
著 者:田中 ひかる
出版社:ビジネス社
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私はかつて、林眞須美の夫である林建治の暮らすアパートをたずねたことがある。部屋には娘のひとりがいて、冷えた飲み物を出してくれた。顔だちが母親によく似ていると思った。建治は保険金詐欺の罪で服役、社会復帰してしばらくが経ったころで、見た目は弱々しい印象を受けたが、人懐っこい笑顔を絶やさず、妻の無実を語り続けていた。そのあとに私は、林夫妻と子どもたちが住んでいた和歌山県内の地区に行き、被害を受けた住人をふくめた数人の男性と会った。放火され全焼した林家はすでに公園になり、そこで話し込んだ。一審は黙秘を貫き、二審から無罪を主張し始めた眞須美に、住人たちは戸惑っていた。

報道も、本書で繰り返されているように、自白もなく、かつ物証に乏しく――捏造の指摘すらある――、科学的根拠も判然とせず、目撃証言も曖昧なものが採用されるなどの状況を疑問視するものが出ていた。しかし、眞須美に対して一審で死刑判決が出されていた。控訴審では眞須美はしゃべり出したが犯行を否認。被害住民たちは、日頃から恨みを抱いていた地域の厄介者がやはり犯人だったのかという安堵感と、反面、ほんとうにやったのは彼女なのだろうかという疑心暗鬼にとらわれていた。

冤罪とは、最大の被害者は捕らわれた本人だが、その家族、そして真犯人を知ることができない被害者もまた、「被害者」である。未解決事件の被害者や被害者遺族にも私は何十人と会ってきたが、憎むべき相手、向かい合うべき対象がわからない現実は、言葉にあらわしようのない不安におそわれ続ける。

事件から20年が経ち、あの狂騒のメディアスクラムのことを思い出した。林家の郵便ポストから郵便物を取り出そうとした記者すらいたほどだった。私の知人の記者も眞須美からホースで水をかけられた。

本書はとくにスクープめいた情報はない。淡々と捜査の疑問点やメディアの狂騒ぶりを整理・提示をすることで、事件の輪郭をわかりやすくしている。警察にとって最も有力な証言をした目撃者は姿をくらましている。毒物を入れたとされた、目撃者が見た紙コップの色と、ヒ素が付着していたコップの色が食い違う――。捜査の初期段階で出てきた、そういった重要だったはずの「証拠」が狂騒の空気の中で、かき消されていった。

著者は、[カレー事件の捜査の要は、自治会役員やカレーライス担当の主婦たちの証言を集め、“鍋にヒ素を混入する機会があったのは、林眞須美しかいない”という結論を導き出すことだった。同じことを『京都新聞』は端的に「捜査の柱は『眞須美被告以外の犯人はあり得ない』という『消去法』だった」と書いているが、これは恐ろしいことで「犯人はこの中にいる」と決め付け、消去法で一人の人物に絞った場合、万一犯人がその中にいなければ確実に冤罪が生まれてしまう。]と書いている。これは捜査能力が低いと烙印を押されていた和歌山県警の焦りか、日頃から住民たちが嫌っていた林家への偏見なのか。本書を読むとそう思えてくる。著者が指摘する、捜査員を殴るなどの眞須美の行動が日本の「女性らしさの規範」から外れたからではないかという視点は、社会学者で「女性観」を研究している著者だからこそ持ち得たのだろう。
この記事の中でご紹介した本
「毒婦」和歌山カレー事件20年目の真実/ビジネス社
「毒婦」和歌山カレー事件20年目の真実
著 者:田中 ひかる
出版社:ビジネス社
以下のオンライン書店でご購入できます
「「毒婦」和歌山カレー事件20年目の真実」出版社のホームページはこちら
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