誘惑する文化人類学 コンタクト・ゾーンの世界へ 書評|田中 雅一(世界思想社)|書評専門紙「週刊読書人ウェブ」
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更新日:2018年9月15日 / 新聞掲載日:2018年9月14日(第3256号)

二頂対立的枠組みを崩す 
鍵となる「誘惑」「コンタクトゾーン」

誘惑する文化人類学 コンタクト・ゾーンの世界へ
著 者:田中 雅一
出版社:世界思想社
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本書で強調されているのは、西欧において発達し、人文・社会科学が前提としてきた二項対立的な枠組みを崩すことであり、それに依拠しながら文化人類学が長らく保持してきた、文化・社会を全体化する世界観から脱却することである。そして、その鍵となる概念が「誘惑」であり、「コンタクトゾーン」である。 

まず、人類学の根本的な主題である個人対社会という二元論や、従属化としての主体化が批判的に検討され、著者は、ジュディス・バトラーのパフォーマティビティに共同性の視点を加え、「パフォーマティビティのコミュニティ」「エイジェンシーのコミュニティ」として提唱する。それは、「従属と抵抗、そして共鳴が複雑に絡み合う場」だ。

そして、「誘惑」という様態に注目することで、主体―客体の二元論的ではない関係性を論じる。誘惑とは、「誘惑者(主体)の能動的な働きかけである」が、「この能動性が究極的に求めているのは、誘惑される側の能動性」であり、「誘惑する主体は、受動する客体となる」。だが、「それは単純な主客の入れ替わり」ではなく、「誘惑者は能動性や主導的な立場をまったく喪失するわけではない」。ここでまず示される「誘惑」とは、身体的な存在として自他が融解し、共鳴するに至るエロスの世界である。

さらに、誘惑の概念によって、著者は、文化人類学者の他者表象(民族誌)の創出の問題をも論じる。民族誌執筆の過程でフィールドでの「誘惑」経験は削除されるものであるが、その経験が記述されることで、自他の境界が撹乱され、それが「民族誌を読む読者にも感染するのでは」ないかと。

また、誘惑は、社会の秩序維持のメカニズムの理論の土台としても用いられる。それは、「闘争モデル」とは異なる、「誘惑に基づく身体的、偶発的、そして共同的関係」によりネットワークが生まれる誘惑モデルである。ほか、欲望の相互交渉により結びつきネットワークを形成するものとして、フェティッシュが論じられる。

後半では、相互に自律・自立した文化・社会を意味するトライバル・ゾーンに対抗する概念としてコンタクトゾーンを用い、人類学の刷新が図られる。著者は、コンタクトゾーンを、フィールドにおいて人類学者が当事者となって他者と出会うという意味と、すでにヨーロッパの影響を多大に受けているという二つの意味で用いる。人類学者は、両方の意味でコンタクトゾーンを調査や記述から削除する傾向にあった。そして、トライバル・ゾーンとして描かれるときに行われたのは、時間の分断と、一歩引いた態度により「理解」する他者化である。よって、著者は、それを拒否するために、「一歩引かないで、一歩前に出る態度」を提案し、それを、ボケとツっこみでいうところのツっこみと表現する。むろん、そこには信頼関係があることが前提である。

そして、ツっ込みにより、文化相対主義の態度のあり方も問い直されることになる。著者は一歩引く態度ではないあり方に、他者との相互の尊重や信頼関係が生まれると考えており、さらに、文化相対主義の問題は、フィールドで出会う暴力をテーマにも論じられる。そこで必要になるのは、「暴力実践の意味を丁寧に吟味すること」、「場合によっては、文化相対主義地に陥ることなく積極的に批判していく姿勢」である。

本書は、1997年から2011年にかけて発表されたものを中心に構成されたものであるが、15年に渡って発表された論文をまとめたものとは思えないほど、一貫した強靱な思考があり、相互に連関しながら深みを与えていることに驚嘆した。

最後に、その大きな流れの中ではごく小さな疑問を記させてもらうなら、フィールドで生じる具体的な誘惑に関して、人類学者が誘惑される側としてのみ想定されていないのはなぜか。それは研究倫理上許されないからなのか。しかし、そのようにコントロールできるものとして誘惑はあるのか。またそうしてしまった場合、それも同様に書き記されるべきか文化人類学に末席にいるものとして意見を聞きたいと思った。
この記事の中でご紹介した本
誘惑する文化人類学 コンタクト・ゾーンの世界へ/世界思想社
誘惑する文化人類学 コンタクト・ゾーンの世界へ
著 者:田中 雅一
出版社:世界思想社
以下のオンライン書店でご購入できます
「誘惑する文化人類学 コンタクト・ゾーンの世界へ」出版社のホームページはこちら
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