聖と俗 分断と架橋の美術史 書評|宮下 規久朗(岩波書店)|書評専門紙「週刊読書人ウェブ」
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更新日:2018年9月22日 / 新聞掲載日:2018年9月21日(第3257号)

聖と俗 分断と架橋の美術史 書評
人は美術に何を託してきたのか 
エクス・ヴォートと絵馬にみる公共性、集積の美学

聖と俗 分断と架橋の美術史
著 者:宮下 規久朗
出版社:岩波書店
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毎年、秋の京都では国宝や重要文化財の特別公開が相次ぐ。いつもは非公開の秘宝や秘仏が2週間とか1ヶ月とかの期間限定で一般公開され、これを目当てに多くの観光客が訪れる。この特別拝観は、普段隠されたものだからこそつい見たくなるという人間心理をついた巧い仕組みである。まさしく「展示と秘匿との交替によって日常の時間のうちに非日常の時間を現出させ、その聖性を発揮しえた」(131頁)のだ。

本書は、「聖と俗」というテーマを共有する11本の論文(うち2編は書き下ろし)から成る。各々2003年から2018年にかけ執筆され、著者の研究の基盤である画家カラヴァッジョやレオナルド・ダ・ヴィンチだけでなく、日本のかくれキリシタンや絵馬など実にバラエティ豊かな題材が並ぶ。序(1本目の論文)につづき、10本の論文が内容にしたがい「Ⅰバロックの聖とイメージ」「Ⅱ日本の聖と俗」「Ⅲ聖と死」の3章に振り分けられる。

長年バロック美術を中心に、西洋美術で聖と俗とがどのように表現されてきたかという問題に取り組んできた著者は、宗教改革が「西洋美術史上はじめて聖と俗を明確に分断し、それぞれを発展させるとともに、融合させる契機となった」(17頁)という。500年ほど前、ヨーロッパに起こった宗教改革とカトリック改革が美術にもたらした影響についてはすでに多くの文献で扱われているが、本書では宗教性と世俗性、あるいは聖と俗という概念を通しその展開をとらえている。事例として、レオナルド・ダ・ヴィンチやカラヴァッジョの絵画を挙げているが、彼らの流行や、その後の教皇や絶対王政の繁栄の源は、イメージの中で聖と俗とをうまく融合させたことにあったと本書は気づかせてくれる。さらに、世俗性と宗教性の融合という切り口は現代美術家ウォーホルの分析にも適用され、説得力ある作家論が展開される。

ところで、著書自身「本書の中心をなすもの」(351頁)というように最も刮目すべきは最終章「供養と奉納」である。古今東西、死者への想いが美術制作の契機の一つであったことはいうまでもないが、ここでは仏像や宗教画などのいわゆる美術作品ではなく、エクス・ヴォートや絵馬といった従来の美術史では見過ごされてきたより世俗的な事物に焦点が当てられる。本論は、現場を訪ね歩いた著者が、その機能や特質、歴史などを考察した労作である。

エクス・ヴォートとは、15世紀頃より欧米の教会に奉納された絵や衣服、宝物などの奉納物や奉納画を指す。奇蹟的な力で救ってくれた神や聖人への感謝をこめたものが一般的だが、中には供養の意味を込めたものも多くあった。一方、絵馬は日本人にはなじみ深いが、中でも早世した息子や娘のために幻の配偶者と架空の結婚式を挙げる情景を描き寺院に奉納したものをムカサリ絵馬といい、本書ではこれについて丹念に論じている。そして、エクス・ヴォートと絵馬はどちらも一点のみで存立できず、教会やお寺など特定の空間に集められ公示されることによってはじめて効果を発揮する点に類似性があると著者は指摘する。さらに、奉納者は、納められた幾多の奉納物の中に自らが奉納したものが並んでいるのを見ることで、ほかの多くの奉納者との連帯感のような感情を抱き、わずかながらも癒しを得るという。このことが痛いほどよくわかったと告白している著者が、そこに自身の愛娘の夭折を重ねあわせていることはあとがきを読まずとも強く感じさせられる。

エクス・ヴォートと絵馬にみる公共性、集積の美学といった視点には当事者ならではの思いが重ねられ一層訴求力をもつが、こうした考察は十分に美術史的であり、そもそもこれらを同じ俎上で論じた点に本書の最大の功績があるともいえよう。故人の救済を願う思いから生まれた造形物には、聖と俗との橋渡しとして充分すぎる存在意義がある。たとえ美術作品といえなくとも「美術という営為の原点」(261頁)にほかならず、人は美術に何を託してきたのかというまさに美術史的な問題を鋭く突き付けてくるのである。
この記事の中でご紹介した本
聖と俗 分断と架橋の美術史/岩波書店
聖と俗 分断と架橋の美術史
著 者:宮下 規久朗
出版社:岩波書店
以下のオンライン書店でご購入できます
「聖と俗 分断と架橋の美術史」出版社のホームページはこちら
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