幸せのマニフェスト ――消費社会から 関係の豊かな社会へ 書評|ステファーノ・バルトリーニ(コモンズ)|書評専門紙「週刊読書人ウェブ」
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読書人紙面掲載 書評
更新日:2018年9月22日 / 新聞掲載日:2018年9月21日(第3257号)

病んだ社会への処方箋 
分かりやすい分析と具体的な対案だが…

幸せのマニフェスト ――消費社会から 関係の豊かな社会へ
著 者:ステファーノ・バルトリーニ
出版社:コモンズ
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本書は6つの部分に別れており、第I部では、消費拡大が経済成長を支えるという「経済成長神話」が、実は経済が成長しても人々の幸福感は失われて行くという致命的病に冒されており、その実状と原因そして治療法について本書全体を貫く著者の考え方が「マニフェスト」として要領よくまとめられている。第Ⅱ部では、著者がアメリカにその典型を見る「防御的資本主義」と呼ぶこの社会では、諸個人が商品を買うことに生きがいを見いだし、そのため高収入を目指してより多く働き、そこから生じるストレスをさらに商品の購買で補おうとする悪循環に陥り、生活における幸福感の基礎である人間的関係性が経済成長の犠牲になっていると指摘する。第Ⅲ部では「関係性の質」がどのように破壊されるのかについて述べられ、市場原理が個人的所有や消費への欲求を経済成長の動力とする社会では、広告産業などのマスメディアが消費への過剰な欲求を煽り、そこから生じる人々の幸福感の欠乏に対し、巨大資本に支配されている政治家達が人々の不満を代弁できず抑制不能に陥る「ポスト・デモクラシー」状態という病理について述べられている。第Ⅳ部ではこうした病んだ社会に取って代わるべき「関係性」を重視した社会への処方箋として、公共空間を重視した都市生活、他者との比較と競争ではなく自己表現としての「可能性の選択」ができる子どもの教育、広告に対する規制、マネーと政治の切り離し、外的動機付けではなく内発的動機による働き方、健康のための政策、などについて具体的に書かれている。第Ⅴ部、第Ⅵ部はこれらの実証的分析や具体例に割かれている。

全体の構成や論述の仕方は明快で分かりやすい。前半の「防御的資本主義」の実状分析は具体的データも交えてビビッドに描かれ、今の日本社会にも当てはまるので「その通り!」と言いたくなる。しかし後半の具体的提案の部分になると少々首を傾げたくなる。

著者の主な主張は、経済成長を主要な目標とする現代資本主義社会の病理を克服し「脱物質主義的文化」に向かうためには、まず社会がモノに対する所有や消費への利己的欲求を充たすための手段としての経済的動機付けに支配されるのではなく、社会的共有財を重視し、それを中心とした生活における豊かな関係性に基づく幸福感のある社会の構築が必要であり、それを支える内発的動機にもとづく労働が重視される必要があるということだといえる。この主張はまったくその通りと思う。

しかしマルクスが「資本論」での19世紀産業資本主義体制の分析で明らかにしたその本質的矛盾は、その後資本主義社会が直面した幾多の危機において、例えば社会主義の影響を受けた「ケインズ型資本主義」の導入やさらにその矛盾の揺り返しとして導入された「新自由主義」などの修正を繰り返しながらも、いまもってその経済的基盤に存在し続け、いままた「防御的資本主義」の矛盾として現れているという事実を見逃すべきではないと思う。

例えば、著者が対案として主張する「社会関係資本」とは何なのか、それはかつてケインズ型資本主義で強調された「公共財」と違うのか?「労働の内発性の重視」は資本主義的「働き方改革による生産性の向上」とは違うのか?社会の生産から消費のありかたまでを支配する資本主義経済体制の基盤が持つ病根をそのままにして上部構造の修正案をいかに「具体的」に提示しても結局「病」の対症療法にしかならず、いずれ再び違った形で「病」が発症するのではないか?

分かりやすい分析と具体的な対案とは裏腹に、難しい課題を覚悟の上で資本主義経済体制の仕組みにおける基本的矛盾を土台からとらえ直し、それとこうした上部構造での「矛盾の現象形態」との関係を構造的にとらえ直す必要があるのではないか?それによって初めてここで構想されているような新しい社会の実現に向けた基本方針がしっかりと見据えられたマニフェストになるのではないだろうか?(中野佳裕訳)
この記事の中でご紹介した本
幸せのマニフェスト ――消費社会から 関係の豊かな社会へ /コモンズ
幸せのマニフェスト ――消費社会から 関係の豊かな社会へ
著 者:ステファーノ・バルトリーニ
出版社:コモンズ
以下のオンライン書店でご購入できます
「幸せのマニフェスト ――消費社会から 関係の豊かな社会へ 」出版社のホームページはこちら
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