デュー・ブレーカー 書評|エドウィージ・ダンティカ( 五月書房新社)|書評専門紙「週刊読書人ウェブ」
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更新日:2018年9月22日 / 新聞掲載日:2018年9月21日(第3257号)

デュー・ブレーカー 書評
辿り続ける「寛容」と許しへの道 
作風は「脱・魔術的リアリズム」

デュー・ブレーカー
著 者:エドウィージ・ダンティカ
出版社: 五月書房新社
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ラテンアメリカ(ラ米)文学には、20世紀前半以来続く「魔術的リアリズム」という現実から架空にのめり込むような奇想天外な隠喩的表現の伝統がある。その使い手としてとりわけ有名なガブリエル・ガルシア=マルケス(1927~2014)は例えば、100年を経て朽ち果てた家屋の蝶番の外れた鉄の扉が風に煽られながら倒れないのは、無数の蜘蛛の巣によって辛くも支えられているからだと、いとも簡単に書く。

この作家が生まれ育ったコロンビア北部のカリブ海沿岸地方は、先住民族、奴隷として連れてこられたアフリカ人、征服者スペイン人らの血が複雑に混じり合う多元的世界で、呪術、迷信、因習、寓話、伝説、史実が絡み合って醸す不思議な空間である。そこに入り込んだ作家は、歴史や大地を鳥瞰し、生物の心の中さえも自由に動き回り、大胆で繊細な魔術的リアリズムの作風を豊かにした。カリブ世界や先住民族色濃いラ米風土の賜物だ。

メキシコ湾および大西洋本洋とカリブ海を隔てる弓形のアンティージャス諸島西端キューバ島の東隣にあるハイチは、1804年に独立した世界最初の黒人国家。「魔術的」と殊更言うまでもなく人々は、アフリカ直伝ながら過酷な奴隷時代に鍛造された超現実的言動を日常ごく普通に繰り広げている。本書の著者ダンティカは1969年、この島国の首都ポルトープランスに生まれ、12歳の時ニューヨークに移住、現在はマイアミに暮らす49歳の著名な女流作家だ。旧宗主国フランスに代わってハイチを属領化してきた米国の国籍を取得した彼女は、世界の最貧国に数えられる血の祖国を離れ、最強大国である現在の〈宗主国〉に居住するという「後ろめたさ」を背負いつつ、両国間を往来しながら遠近法を駆使し、読み応えのある十数点の小説を世に出してきた。受賞も数多い。

本書の風変わりな題名は「朝露を踏みにじって家に押し入り標的を連行する者」を意味する。ハイチは1957年から86年までデュヴァリエ父子2代大統領の長期独裁に支配された。呪術や迷信を巧みに利用した独裁政権は、大統領直属の国家テロ組織「トントン・マクート」を国中に張り巡らせ、恐怖政治を敷いた。その要員は連行した者を容赦なく拷問し殺害した。必要とあれば白昼、公衆の面前での虐殺を厭わなかった。そんな野蛮極まりない独裁が崩壊して32年経つが、政争が絶えず、民主化は浅く遅い。年配の国民には独裁期の悪夢が依然重くのしかかっている。著者も例外でない。

作品には、生まれ故郷への深い思い、少女期に体得した呪術的世界、家族愛、現代情勢を絡めた独特の「ダンティカ節」と呼びうる人間味溢れる物語世界が展開する。本書でも「人を殺すと、殺された人の知識も何もかもが手に入る」という迷信を登場人物に語らせている。

だが魔術的リアリズムを際立たせた件は見当たらない。濃密な魔術的社会の本質を十分に取り入れ消化した上で物語を書いているからだろう。魔術的リアリズムを「克服」した筆法と言えまいか。また登場する牧師に「我らに新しいハイチを与え給え」と祈らせ、祖国が歴史的宿命・不条理から解放されるのを願う気持を覗かせる著者は、「魔術的現実」を尊重しながらも、そこからの脱却を希求しているかに思われる。

2004年に原書が刊行された本書は、顔面に深い傷を持つ在米ハイチ人の男の謎めいた過去を中心に展開する9つの短編の連作だ。差別されがちな在米アフリカ系移民という属性もある著者の究極のテーマは「寛容と許し」にあるとの印象を本書から一層強く持った。「(クリスマスに飾る)ヤドリギにはすべてを和解に導く力がある」という一節が利いている。「早い時期に親を亡くすと、悲しむという感情は失せてしまう」とも記す。そんな〈乾いた心〉や〈冷めた心〉が和解には案外必要なのかもしれない。因みに連作の第3作「水子」は、日本の水子供養を題材にしている。数回来日した著者らしい着想だ。(山本伸訳)
この記事の中でご紹介した本
デュー・ブレーカー/ 五月書房新社
デュー・ブレーカー
著 者:エドウィージ・ダンティカ
出版社: 五月書房新社
以下のオンライン書店でご購入できます
「デュー・ブレーカー」出版社のホームページはこちら
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