無限の玄/風下の朱 書評|古谷田 奈月(筑摩書房)|書評専門紙「週刊読書人ウェブ」
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読書人紙面掲載 書評
更新日:2018年9月22日 / 新聞掲載日:2018年9月21日(第3257号)

大きなうねりをもって迫る執着 
むせ返るほど息苦しく迫力のある作品

無限の玄/風下の朱
著 者:古谷田 奈月
出版社:筑摩書房
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語り手は宮嶋けい、29歳。家族で構成する音楽バンドを率いていた父親の死から物語は始まる。父・玄は63歳の若さで亡くなる。桂の祖父・たまきはカントリーミュージックに似た音楽を奏でるブルーグラスバンドの創始者であり、このバンドをかつて引き継いだのは玄の弟、つまり桂の叔父の喬であった。喬は音楽的な才能に恵まれ、音楽大学入学前にはすべての楽器を弾くことができ、いまや作曲もこなす。祖父からバンドを遺産として継承もした。しかし、弟が継ぐと決まった矢先に、出奔していた玄は生家・月夜野に帰り、バンドのリーダーの座についた。そして、他人をすべて追い出し、自分の父親が作ったバンドをすべて血縁者で固める。自分の息子である長男の律と次男の桂、弟・喬、そしてその息子で玄の甥の千尋、男性ばかり5人である。

祖父の代とは異なり、奏者たちを家族で構成し他人を介在させないバンドを編成した理由の源には、自宅に入れかわり立ちかわりミュージシャンが出入りし、なれなれしく話しかけてくる空間を嫌いぬいた玄の子供のころの癒しがたい嫌悪感があった。バンドは全国の野外で演奏し、キャンピングカーで移動する形式に変えた。しかし、定点は決められていて月夜野には6月には必ず帰る慣わしになっている。月夜野は利根川沿いにある辺鄙な場所にある「生家」である。

冒頭文は「月夜野で死んだ。」の不穏な一文で始まる。一家の長であり、バンドのリーダーだった玄が、旅先ではなく生家で死んだのが桂によって強調して語られる。血縁家族にこだわり、いかに生家に執着していたかを物語るように、死者となった玄は何度も蘇る。そして再び死に、そのたびに生き返る。死んだはずの玄がいつものように居間でテレビを見ていたり、縁側で読者をしたり、いつも通り食事もする。そして、1日経過して地震のような揺れが生じ、また亡くなる。そのたびに警察は検視のために死体を運んでいく。この奇想天外な展開は、ホラー小説なのか幻想小説なのかなどの問いかけを許さないほど緊密な文体で描きこまれる。見えてくるのは、玄にとっての音楽に向ける呪詛の力の強さ、居場所として執着する生家、そして他人を介在させない家族への執着である。あの世に行っても居場所は月夜野なのである。

玄は幼いころ無防備な空間にさらされながら楽器演奏を父から教わり、音楽に向ける憎しみと愛というアンビバレンツな感情のエネルギーを育んだようだ。玄の父・環がバンドを組んだのは、愛と平和、夢、希望、人と人をつなげることを音楽に託して世界に広めるためである、家族も仲間もフラットという理念をもっていた。玄はそれを一切受け入れない。自分の中にある欠如、空洞、欲望を満たすための呪詛としての音楽。なのになぜか本作からはメロディーは聞こえてこない。その代り、圧倒される身体感覚が充満している。情念の過剰さと玄の欠けた歯や桂の兄・律の指など身体部位の欠損が示しているように、二つの極の振り子を左右に大きく振りながら、そこに込められている家族の形は、苦しいまでにむせ返るほどの愛情に満ちている。

その愛情のかたちも五人さまざまに異なり、それぞれの個性がうまく物語をけん引していく。特に語り手の位置が良い。

時に、わかりにくい比喩や、訴えたい強い思いは伝わるが、一文に多くを込めすぎるためにイメージが立ち上げにくく、読んでいて何度も立ち止まらざるを得ないところもある。そこが瑕瑾だが、三島由紀夫賞受賞作品にふさわしく、『金閣寺』を思わせるような執着、執念が大きなうねりをもって身に迫ってくる。

本作は、二〇一七年、早稲田文学増刊、女性号に掲載された作品であり、確信犯的に男性だけで作り上げる家族を覚悟を決めて徹底して描いたように見受けられる。玄は「生家」で死に、何度も蘇り、やがて赤ん坊を生み出す。このラストにもっていくまでの流れは周密に練られている。むせ返るほど息苦しく迫力のある作品である。併録作品「風下の朱」は、野球部を作ろうとする「大学生の果敢な奮闘を、一見して青春小説のような筆致で描き、こちらは女子の物語である。本作は芥川賞候補作にも挙げられた。
この記事の中でご紹介した本
無限の玄/風下の朱/筑摩書房
無限の玄/風下の朱
著 者:古谷田 奈月
出版社:筑摩書房
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