ロボット工学と仏教 AI時代の科学の限界と可能性 書評|森 政弘(佼成出版社)|書評専門紙「週刊読書人ウェブ」
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読書人紙面掲載 書評
更新日:2018年9月22日 / 新聞掲載日:2018年9月21日(第3257号)

ロボット工学と仏教 AI時代の科学の限界と可能性 書評
仏教入門書として最適 
対話を通し仏教の様々な概念に親しめる

ロボット工学と仏教 AI時代の科学の限界と可能性
著 者:森 政弘、上出 寛子
出版社:佼成出版社
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外出中、ある納骨堂の前を通り過ぎるとき、施設内にヒト型ロボット「ペッパー」を見かけた。公共施設や商業施設でペッパーが身振りを交え、利用者を案内する場面はよく目にする。だが納骨堂で見るのはそれがはじめてで、墓苑の厳粛さと先端技術の取り合わせがそぐわない気がして強く印象に残った。葬式でロボットがお経を唱える日も近いのだろうかと想像も膨らませた。タイトルから、筆者はこの経験をまず思いだした。

著者二人のメールのやりとりが本書のベースである。一人は90歳を超えるロボット工学者の森政弘氏。もう一人は心理学の立場からロボットがはらむ社会問題などを研究する30代の上出寛子氏である。森氏については「不気味の谷」現象(ロボットの人間っぽさが高くなってゆくどこかの時点で不気味さがきわだって見える現象)の提唱者として、またNHKが毎年開催するロボットコンテスト(ロボコン)の創始者として筆者も昔から名前を存じ上げていた。だが同氏が、40年にわたる仏教徒で、仏教関連の著作も多数あるとは知らなかった。

上出氏が森氏に学会での講演を依頼するところから二人の関係ははじまる。若手の相談に、老大家が仏教に依拠して答えるのだが、半信半疑だった上出氏が、森氏に触発され、ついには寺院へ坐禅に通いはじめるほど仏教に深入りしてゆく。読者はその過程を追いながら適宜付された注釈やコメントを頼りに仏教の様々な概念に親しむことができる。

たとえば「三性の理」。ドローンが物資を運んだり、高所を点検したりなど便利に使える反面、戦争やテロで人殺しの道具にもなるように、一般に技術には善と悪の二面があるとされる。いわゆるデュアルユースの問題だが、仏教では「無記」なる概念を加えて「三性」とする。人間が物事に価値を付与していない状態が無記だ。「ない」状態にわざわざ名前を付けて概念化するあたり、さすが「ゼロの概念」を生んだ土地に発する宗教である。
「二見に堕すな」も興味深い仏教概念だ。要するに二項対立に陥るなという教えである。考察対象とする問題の次元を上げ、俯瞰することで物事の打開を図る。こうした仏教の基本的な方針には魅力を感じる。

しかし筆者は、師に疑いを持ってはならないという教えには賛同できない。師に無条件に従うのは効率的に学ぶ方便であり、修行を通じてその境地に到達するのかもしれないが、どんな場合でも人は主体性を失うべきではないと思う。

いずれにしても本書は仏教入門書として最適だ。工学が「制御」の方法論を媒介して仏教とつながっていることもわかる。

迷っているのは人間だけで、ロボットには煩悩がなく「悟っている」という指摘には目から鱗が落ちた。筆者はロボットがお経を唱える未来を想像して違和感を覚えていたが、本書を読んで考えを改めた。ロボットによる読経は理にかなっている。
この記事の中でご紹介した本
ロボット工学と仏教 AI時代の科学の限界と可能性/佼成出版社
ロボット工学と仏教 AI時代の科学の限界と可能性
著 者:森 政弘、上出 寛子
出版社:佼成出版社
以下のオンライン書店でご購入できます
「ロボット工学と仏教 AI時代の科学の限界と可能性」出版社のホームページはこちら
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