トランプ現象とアメリカ保守思想 書評|会田 弘継(左右社)|書評専門紙「週刊読書人ウェブ」
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更新日:2016年10月28日 / 新聞掲載日:2016年10月28日(第3162号)

トランプ現象とアメリカ保守思想 書評
二〇一六年アメリカ大統領選 社会の変化を読み解く

トランプ現象とアメリカ保守思想
出版社:左右社
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“四年に一度世界が変わる”という日がいよいよ十一月八日にやってくる。アメリカ大統領選挙のこのうたい文句は、今年の場合、実際に世界を変える可能性もある。

いうまでもなく、共和党候補のドナルド・トランプの言動がハチャメチャなためである。メキシコ国境での「万里の長城」建設、イスラム教徒の入国禁止、NATO(北大西洋条約機構)批判や、日米安保の見直しの可能性などの数々の発言は、どう考えても合理的ではない。それでもそんな一連のトランプの“暴言”に、「俺たちの本音を代弁してくれる」と「白人ブルーカラー層」は熱狂している。高くても三割と低い投票率の予備選にあっては、新しい層の開拓だけで勝利できた。この怒れる白人たちは、十月に入ってから連日、詳細に報じられているセクハラ疑惑があっても、一向にトランプ支持を変えようとしない。

この“型破りの敵役”トランプに対抗する、民主党候補・ヒラリー・クリントンもスキだらけである。クリントンはファーストレディから始まり、上院議員、国務長官と、ワシントンの究極のインサイダーであり、政策にも詳しい。しかし、この輝かしい経歴こそ、クリントンのアキレス腱であり、経歴が長くなればなるほど、金融業界などとの数々の癒着が目立つ。国務省時代に公的なものではなく、施設サーバーでメールをやり取りしていた一連の電子メール問題では、夫であり、元大統領のビル・クリントンとともに運営する「クリントン財団」をめぐる不透明なカネの流れが大きな焦点となっている。予備選のライバルであったバーニー・サンダースに対する一部の熱狂的な支持の背景には、クリントンのこのダーティーなイメージへの反発があった。

なぜトランプ現象が生じ、なぜ、サンダースが台頭したのか。不安が残る候補同士の「世紀の一戦」を論じる関連本が次々に出る中で、この二冊は傑出している。いずれもアメリカ社会や政治の潮流を読み解きながら、今年の選挙を取り囲む状況に深く切り込む。
この二つの著作には大きな共通点がある。著者の二人は現在は大学で教鞭をとっているが、いずれもジャーナリスト出身である。そう書くと、ジャーナリステックな手法でアメリカを読み取る本のように聞こえるかもしれない。確かに、二冊とも文献や統計データだけではなく、実際に足で稼いだ情報を基にしているが、特筆されるのは、その経験をさらに学術的なレベルまで高めているという点である。

渡辺は徹底的に現地調査にこだわる。調査対象と長い期間接することで、対象との信頼関係を形成し、その政治の現場の一人として渡辺自身が同化する。このようにして、日本のアメリカ政治研究に「参与観察」「政治エスノグラフィー」的な手法を本格的に導入した。

今回の著作でも渡辺は政府高官から利益団体幹部、さらには一般の有権者まで一人ひとりに話を丁寧に聴いていく。政治家やその関係者との家族ぐるみの付き合いなど、行間に垣間見える調査対象との距離の近さは、一過性の調査では成立しない。この地道な人間関係の積み重ねから帰納的にアメリカの変化を導き出そうとする。

その変化は大きく言えば次の通りだ。支持者への利益還元と、高い政治的理想という民主主義をめぐる二つの方向性はなかなか折り合いがつかない。この矛盾が「アメリカ政治の壁」を生み出している。「トランプ・サンダース現象」が生まれる背景にはこの「アメリカ政治の壁」が存在する。渡辺は、個々の調査の成果を油絵のように折り重ね、アメリカ政治の泰斗である故・砂田一郎が唱えた、「利益の民主政」と「理念の民主政」というキーワードを発展させていく。

一方、共同通信の大記者だった会田は、その広い経験を基にしながら、アメリカ保守思想の原典を徹底的に、しかも学術的に読み込む。その意味で、ジャーナリストという枠を超えていく。近年の会田の著作は、いずれも、現実を深く知った上で、思想と格闘する政治思想家のものに他ならない。思索を自分の言葉で広く伝えようとするという意味で「パブリック・インテレクチャル」という形容詞が会田には最も似合う。

今回の著作も、「トランプ現象」がもたらす危機についての会田の思索をまとめたものである。口述筆記であるため、“話し言葉”で重厚な内容も極めて分かりやすい。

人種平等などの理想を掲げ、その実現を常に目指して進んでいくことがアメリカの姿であり、この「前進」をやめてしまうと「アメリカがアメリカでなくなる」と会田は指摘する。「トランプ現象」は会田にとってはこの理想の放棄に他ならない。トランプを支持する怒りを抱えた白人の中間層下位の人々にとって、移民の積極的受入れや、人種平等、男女平等などの理想は「政治的公平さ(ポリティカル・コレクトネス)」という美辞麗句でしかない。

トランプ現象は、カークの伝統主義、リバタリアン、さらにはバックリーの融合主義やニューライト、ネオコンなど過去六十年間のアメリカの保守思想の流れの中に位置づけられる。しかし、会田が強調するのは、トランプの差別的な言説は、ブキャナンなどの「反動的な啓蒙」以上であり、保守派の運動にとっては大きなマイナスである点だ。

八月中旬の共和党大会でトランプの候補指名受諾演説を実際に聞いた直後に帰国した会田と二人でラジオ番組に出演した。控室で、会田はその時も私に言った。「トランプ演説は暗黒そのもの。理想を追うのがアメリカの姿。トランプが訴えているのはその逆だ――」。番組終了後の何とも言えない苦悩の会田の表情が忘れられない。
この記事の中でご紹介した本
トランプ現象とアメリカ保守思想/左右社
トランプ現象とアメリカ保守思想
著 者:会田 弘継
出版社:左右社
「トランプ現象とアメリカ保守思想」は以下からご購入できます
アメリカ政治の壁/岩波書店
アメリカ政治の壁
著 者:渡辺 将人
出版社:岩波書店
「アメリカ政治の壁」は以下からご購入できます
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