環境経済・政策学事典 書評|(丸善出版)|書評専門紙「週刊読書人ウェブ」
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更新日:2018年9月29日 / 新聞掲載日:2018年9月28日(第3258号)

環境経済・政策学事典 書評
『環境経済・政策学事典』(丸善出版)を読む
蔓延する深刻かつ重大な「環境問題」 
誰もが関わりを持たざるを得ない、実践的に展開させなければならない学問

環境経済・政策学事典
編 集:環境経済・政策学会
出版社:丸善出版
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環境経済・政策学事典()丸善出版
環境経済・政策学事典

丸善出版
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ニュースや新聞を見るたびに、SNSを開くたびに、環境問題についての報道を見ない日はないというほど、今や環境問題は大きく身近なテーマとなってきている。最近話題になったものを挙げるだけでも、持続可能な開発目標(SDGs)、エネルギー基本計画、アメリカのパリ協定脱退などはごく自然と思い出されるであろう。だが同時に、こうした難題に関する解決法を見いだせず、それ故にその埒外にわが身をおこうとする、なんとも名状しがたい無力感に囚われるのも日常茶飯事となっている。そんな状況にこそ、『環境経済・政策学事典』(環境経済・政策学会編)を紐解くことを勧めたい。

本書は、環境問題に関する政策の仕組みや経済学での理論、地球温暖化や公害・原発など環境問題の実例に至る、基本的な約300のトピックを、それぞれ見開きページ完結で取り扱っている。

本書の章立てとして、第1章では環境経済学・環境法学・環境政治学・環境社会学という、「環境経済・政策学」という学問を構成する4つの分野について詳細な解説が加えられたうえで、汚染者負担原則・予防原則・持続可能な発展などの基本的な概念が、政策・経済両面からその意義を説明している。第2章から第6章にかけては、公害と環境にかかわる事件と問題の歴史、気候変動と地球温暖化問題、生態系保全と生物多様性、資源利用と資源管理、エネルギー問題というような、環境問題として可能な限り大きなテーマを取り上げ論じている。第7章から第10章までは、環境マネジメント、環境政策と環境ガバナンス、環境外交の枠組み、公害と環境を扱う経済理論など、環境問題をより的確に把握し、分析や対策の政策化、制度の構築へとつながる項目を中心に論及されている。最終章の11章は、これら環境問題を扱うための理論や方法論の基盤になる、ミルやマーシャルといった著名な経済学者や、レイチェル・カーソンなど環境思想家たちとその思想の歴史を扱っている。 

冒頭でも述べたように、今日の我が国に蔓延している深刻かつ重大な「環境問題」に対して、悪しき日本人的諦観というべきか、どこか知らぬところで誰かが対策を講じてくれているので、自分には関係ないと思っている人もいるだろう。だが、こうした発想自体断じて看過すべきではない。国内の随所に見られる同じ様な構造的欠陥を持ちながら、従来のようにその対策を無責任極まりない政府や地方公共団体などに任せてきたせいで、何の落ち度も責任もなく平穏な生活をしていた人々に取り返しのつかない致命的な被害をもたらしてきた。

本書でも、水俣病やイタイイタイ病などの四大公害病や、大気汚染、産業廃棄物の不法投棄や軍事基地による環境汚染、そして福島の原子力発電所事故とその廃炉問題など代表的な事例を取り上げている。そこに記されているのは、行政が何もせず、何も変えようとしなかったなかったこと、その救済を求めて人々が何も声を挙げず、挙げても無視されたこと、あるいは違法な損害を与えた側に雇われた団体に暴力的に粉砕されたことなど、その結果として環境問題を放置したことが、いかに「公害」を持続・拡大させたか、もはや多言を要しないであろう。

「公害」の英語は、単にpollution―「汚染」だが、それを誰が「公害」という便利な、あるいは責任回避が可能な言葉を採用したのだろうか。日本語では「公共の害」ともとれる。だが決して、「だれにも責任がない」という意味での「公」ではない。「公的機関」、あるいは「公共を担う組織」が、確実に誰かに「被害」を与えた、ということを心に銘記しておかねば、我が国ではいとも容易にこうした愚行を繰り返してしまうのだ。 

一般論になるが、公害は本来であれば止められたはずで、適切に対策をとっていれば被害ぐらいはより軽くできたはずのものだ。環境経済学・法律学の基本原則に、「汚染者負担原則」がある。環境を汚染するだろう組織や団体が、それを防ぐための費用を負担するという原則である。日本では、汚染後の原状回復やその後の正義と公正を図るための原則としても解釈されている。しかしまだ、どちらの面でもその実践は果たされていない。本書で取り上げる環境問題についての事例を吟味すると、それを一層痛感する。

政策学も経済学も、システムや制度を構築することで、現実世界での問題への対処を図るという共通点があるが故に、この二つの学問の協力は必要不可欠である。環境経済・政策学とは、そのような「公害」としての環境問題に対処しどのようなシステムや対策が必要なのかを、経済学や政策学などを中心に、法律学・社会学・思想史など様々な学問の提携により探っていく学問であり、環境問題に対して無策であることを断固として否定し、「公的機関」に何か環境問題に対策が取れるはずという前提に立っている。その「公的機関」が政府や企業を含むことはもちろんである。しかし、その「対策」にはわれわれがどのような経済・政治・社会を理想と考え、「公的機関」や社会に働きかけていくかという点も含まれている。

第11章で取り上げられる通り、古くから多くの経済学者や思想家たちが、環境という共通の資本が無い限り、経済もまた異常をきたす、という考え方を力説してきた。環境経済・政策学は、手法・思想・制度・基本概念と理論・歴史などを総動員して、環境を経済と政策、そして法律学、社会学などから学際的にとらえるだけであってはならない。どのような社会を目指し、どう被害や将来へと介入していくかという価値判断も含んだ、誰もが関わりを持たざるを得ない、無力感なんて感じている暇もない、実践的に、日本で今まさに展開させなければならない学問であるように思う。

最後に嘱望の言葉を述べておきたい。もう30年以上も前になるだろと思うが、NHKの「胎児性水俣病」患者のドキュメメントであった。あの苦しみ悶えている若い患者。辛く、悲しく、そして押さえられない怒り。この時以来、「水俣病」は私の心から離れることはなかった。だが、ここでは、地域振興政策の切り札としてチッソを誘致した熊本市長の言動を紹介するだけに留めておこう。

まず、橋本彦七市長の在任中の1950年代後半に、水俣病の発生が公式に確認され、チッソが公害企業に認定された。だが彼は、市長就任前は日本窒素株式会社を日本一のアセトアルデヒド製造会社に飛躍させた優秀な元水俣工場長だった。その後継者の中村止市長は、チッソ擁護派の市民団体を糾合して、「工場排水を止めないでほしい」と知事に陳情するなど、チッソ擁護の市政を鮮明にした…。その次の浮池正基市長は、「全国民を敵に回すことになっても、私はチッソを守る」と発言して、患者サイドから激しい抗議を受けたのだった。今までどうしてこのような不祥事が詳らかにならなかったのか。それには、学問は「政治的に中立なり」などと全く根拠のない言辞を掲げて、「隠滅の力学」を働かせていたためであろう。
この記事の中でご紹介した本
環境経済・政策学事典/丸善出版
環境経済・政策学事典
編 集:環境経済・政策学会
出版社:丸善出版
以下のオンライン書店でご購入できます
「環境経済・政策学事典」出版社のホームページはこちら
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