限界を超える子どもたち 書評|アナット・バニエル(太郎次郎社エディタス)|書評専門紙「週刊読書人ウェブ」
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更新日:2018年9月29日 / 新聞掲載日:2018年9月28日(第3258号)

限界を超える子どもたち 書評
アナット・バニエル・メソッド 
精神医学の世界では「発達障害」ブームに

限界を超える子どもたち
著 者:アナット・バニエル
出版社:太郎次郎社エディタス
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本書は、子どもの発達の遅れを脳への感覚のインプットと運動によるアウトプットの訓練を通じて克服しようとする方法を述べたもので、『限界を超える子どもたち』がその要点と具体的なケースの記述であるのに対して、『動きが脳を変える』は(一般人を対象とした)主に訓練の具体的な方法をイラスト入りで示すマニュアル本となっている。

読者の中には「フェルデンクライス・メソッド」という言葉を聞いたことのある人がいるかもしれない。これは姿勢矯正の手技の一つで、日本でも整体などに取り入れて指導しているところがあるようだ。著者は、この手技を開発したフェルデンクライスの助手だったという。そして著者もまた自らの名前をとって、その訓練方法を「アナット・バニエル・メソッド」と名付ける。

もちろん、一口に「発達の遅れ」といっても、そこには種々の障害や個別的な背景があるので、著者が記すように、すべてのケースで奇跡的な改善が起こるとは思えない。また、改善の原因が脳の可塑性だけによるのかにも疑問が残る。むしろ、著者の技法がケースを前にして偶然のように生み出され、結果として上手く行ったという場合が大半である。しかし、実はこのようなプロセスが、臨床ではしばしばブレイクスルーになる。著者もこれを「セレンディピティ(偶然の発見により幸せがもたらされること)」と表現している。たとえば、両足が閉じて離れないケースを前にして「脳が足は一本だと認識しているからではないか」と疑い、両膝に水性マーカーで違った動物の絵を描いて左右の違いを認識させる試みを行い、それが結果的に成功した例を挙げている。そして、「すべては脳が決める」「脳の働きこそすべて」との認識に立って、脳に働きかけることで子どもは限界なく成長できるのだとしている。本書のタイトルも、成長と発達には限界がないとの主張から生まれたのであろう。それだけに悲観的なケースにも、ある種の希望を与えるものとなるかもしれない。

しかしながら、こうした認識は他方で、何ごとも脳が第一とする悪しき「唯脳論」につながる畏れもなしとは言えない。つまり、そこでは脳以外の人間の臓器が軽視され、医学的な判断に際しても脳だけが優先される。たとえば、脳死を人の死とする主張など。しかし実際には脳もまた(それが支配する)心臓血管系はもちろん、呼吸器、消化器などすべての臓器によって支えられている。
もう一つの疑問は、著者の強調する「脳の可塑性」や「ニューロ・ムーブメント」なるものが、子どもの脳神経のごく通常の学習や成長・発達とどう違うのかという点である。可塑性という言葉は、いかにも自由自在に、それこそ制限(限界)なしに、変化を遂げられるかのようなイメージを抱かせるが、その科学的実態は(ニューロン新生を含め)なお十分に解明されたわけではない。

精神医学の世界では、いま「発達障害」ブームが起きている。ある種の病名や診断名が、その時代や時期に流行するという現象は、医学の中でも精神医学において顕著に現われる。その理由は多岐にわたるのだが、一度この流行が起きると、深く吟味することもなく、何でもかんでもが流行中の病名に集約される傾向がある。本書もまた、まさに渦中の発達障害あるいは広く「発達の遅れ」を対象としたセラピー本の一つといえる。

もっとも、このような本が出てくる背景には、精神医学の治療が薬物に偏りすぎ、医者にかかればマニュアル的に薬が出され、しかもそれが単なる対症療法に過ぎず、根本的な障害の解決にはならないという、由々しき現実への批判があるだろう。だが、この批判・対立の構造は、いつかどこかで見たような感覚を覚えないだろうか?

そう、あの精神分析VS精神医学の対立構造である。今ではすっかり廃れてしまった精神分析は、かつて薬物やショック療法で患者を拘束する「非人道的な」精神医学に対する、より「人間的な」治療法として喧伝され、とくにアメリカでは著名人が精神分析医にかかることで一種のステータスシンボルにすら成り上がった。第二次大戦前までは、創始者フロイトの教えどおり、その適応は「神経症」に限られていた。それが、戦後は境界例から人格障害に至るまで、さまざまな分析医が適応を広げ患者の獲得にしのぎを削ってきた。精神分析もまた障害を克服し、人格の成長を促し、問題に一人で対処できるようになることを目標としていた。

しかし、神経症はおろか、人格障害のブームも去り、うつ病(気分障害)ブームさえ過ぎて、今では発達障害こそが目前の流行となった。そして、この発達障害に対しても、障害の当事者である子どもに「非人道的な」薬物ではなく、整体的手技を中心とする「人間的な」方法を、というわけだ。大きな違いは、精神分析が身体への働きかけをまったく欠いて、もっぱら精神だけにその手技を集中させていたことにある。その点では、精神という抽象的な対象にではなく、目の前の身体に働きかける著者の技法は、より客観的で利用しやすいものともいえる。(伊藤夏子・瀬戸典子訳)
この記事の中でご紹介した本
限界を超える子どもたち/太郎次郎社エディタス
限界を超える子どもたち
著 者:アナット・バニエル
出版社:太郎次郎社エディタス
「限界を超える子どもたち」は以下からご購入できます
動きが脳を変える  活力と変化を生みだすニューロ・ムーブメント/太郎次郎社エディタス
動きが脳を変える 活力と変化を生みだすニューロ・ムーブメント
著 者:アナット・バニエル
出版社:太郎次郎社エディタス
「動きが脳を変える 活力と変化を生みだすニューロ・ムーブメント」は以下からご購入できます
「動きが脳を変える 活力と変化を生みだすニューロ・ムーブメント」出版社のホームページはこちら
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小俣 和一郎(おまたわいちろう)精神科医・精神医学史家
精神科医・精神医学史家、1950年東京都生まれ。1974年岩手医科大学医学部卒業、同年国立医療センター(現・国立国際医療センター)内科研修医、1975年名古屋市立大学医学部大学院入学(臨床精神医学専攻)、1980年同修了(医学博士)。 1981~83年ドイツ連邦共和国給費留学生(ミュンヘン大学精神病院)。1986年医療法人財団・大富士病院(静岡県)副院長。1990年上野メンタル・クリニック(東京都)院長、2015年退職。2002~2006年東京保険医協会理事。 主要著書:『ナチスもう一つの大罪』(1995年、人文書院)、『精神医学とナチズム』(1997年、講談社)、『精神病院の起源』(1998年、太田出版)『精神病院の起源・近代篇』(2000年、太田出版)、『近代精神医学の成立』(2002年、人文書院)『ドイツ精神病理学の戦後史』(2002年、現代書館)、『検証 人体実験』(2003年、第三文明)、『精神医学の歴史』(2005年、第三文明)、『異常とは何か』(2010年、講談社)など。共著・分担執筆:『系統看護学講座・精神保健福祉』(医学書院)、『Psychiatrie im Kulturvergleich』(VWB-Verlag)、『臨床精神医学講座』(中山書店)、『精神医学文献事典』『現代精神医学事典』(弘文堂)など。 主要翻訳書:G・セレニー『人間の暗闇』(2005年、岩波書店)、W・グリージンガー『精神病の病理と治療』(共訳、2007年、東大出版会)、J・フォン・ラング『アイヒマン調書』(2009年、岩波書店)など。
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