六月二十三日 アイエナー沖縄 書評|大城 貞俊(インパクト出版会)|書評専門紙「週刊読書人ウェブ」
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読書人紙面掲載 書評
更新日:2018年9月29日 / 新聞掲載日:2018年9月28日(第3258号)

六月二十三日 アイエナー沖縄 書評
自分たちの「生」を踏みにじり振り回してきたものへの「怒り」

六月二十三日 アイエナー沖縄
著 者:大城 貞俊
出版社:インパクト出版会
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戦後文学史を通覧して、その特殊な地理的条件や歴史、文化の在り方を踏まえた上で、もし仮に「沖縄文学」という呼称が可能だとすれば、沖縄におけるハンセン病に対する「差別」と、住民や徴用されていた朝鮮人および日本軍将兵併せて約24万人が犠牲となった沖縄戦(太平洋戦争)における「沖縄人差別」の問題を主題とした『椎の川』(具志川市文学賞 93年 朝日新聞社刊)でデビューし、本書に至る大城貞俊の文学的営為は、紛れもなく「沖縄文学」の本道(王道)を歩むもの、と言っていいだろう。

本書は、沖縄戦における組織的な戦闘が終結した「一九四五年六月二十三日」に最期を迎えた、沖縄現地で動員された十六、七歳の若者たちの生き様を描いた「護郷隊」、アメリカによる占領後、住民の土地を理不尽に奪って各地に作られた基地が、沖縄人に「基地依存」の心を生み出している現実を描いた「ダミン」(「堕民」の意)、沖縄の本土復帰(1972年)から三年、激しさを増すベトナム戦争の補給基地・休養基地と化していた沖縄の歓楽街で働く女性の恋と哀しみを描いた「パラダイス」、念願かなって沖縄県警の機動隊に勤務するようになった青年のデモ隊の足を攻撃することに快感を覚える倒錯した心理に迫る「足」、友人がアメリカ兵に強姦されることを目撃した少女の苦悩と未婚を決意する複雑な心境を描いた「砂」、戦争における「加害」と「被害」の錯綜した関係を老婆の口を借りて語る「カマー」、戦後70年目の「二〇一五年六月二十三日」に那覇市で起こった「テロ」を見たと主張する新聞記者の、「この地の未来の物語は、まだ紡がれていない。友よ、希望は確かにある」との思いで終わる「夢」。

これら八話から成る表題作『六月二十三日 アイエナー沖縄』の全編を覆っているのは、自分たちの「生」を理不尽に踏みにじった沖縄戦と、日米の権力によって振り回されてきた「戦後」への「嘆き」と「恨み」、及びそれらの感情の底流に渦巻いている強い「怒り」の気持ちである。そして、その著者の「怒り」は、本書の各所に見える「沖縄は日本ではない」という言葉に象徴されている、と言っても過言ではない。

この作者の「怒り」は、本書所収の、未だ「魂の救済」がなされないままに放置され続けてきた旧日本軍兵士(沖縄県人を含む)の「遺骨」が、更に沖縄を窮地に追いやる普天間基地に配備されたオスプレイを撃ち落とす「夢=願望」を描いた『嘉数高台公園』にも、また退職後の仕事として沖縄北部(ヤンバル地区)における沖縄戦について「聞き書き」する男の語りで展開する『ツツジ』にも通底している。

なお、言わずもがなのことを付記しておけば、本書に通奏低音のように鳴り響いている「嘆き」や「恨み」を装った「怒り」は、占領時代と変わらず米軍基地を沖縄に置き続けてきた日米両政府(と日本人)にも向けられたものであることを、改めて私たちに知らしめるものだということである。
この記事の中でご紹介した本
六月二十三日 アイエナー沖縄/インパクト出版会
六月二十三日 アイエナー沖縄
著 者:大城 貞俊
出版社:インパクト出版会
「六月二十三日 アイエナー沖縄」は以下からご購入できます
「六月二十三日 アイエナー沖縄」出版社のホームページはこちら
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