鼎談=成相肇×細谷修平×平沢剛/インタビュー=ヴラスタ・チハーコヴァー <「1968年」の芸術表現とポリティクス> 千葉市美術館「1968年 激動の時代の芸術」展開催を機に|書評専門紙「週刊読書人ウェブ」
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更新日:2018年10月5日 / 新聞掲載日:2018年10月5日(第3259号)

鼎談=成相肇×細谷修平×平沢剛/インタビュー=ヴラスタ・チハーコヴァー
<「1968年」の芸術表現とポリティクス>
千葉市美術館「1968年 激動の時代の芸術」展開催を機に

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第6回
ポピュリズムとの距離感

平沢 剛氏
平沢 
 60年代は必ずしも映画館で映画を上映する、ギャラリーで美術を展示する、劇場で演劇をするのではなく、街頭での演劇やパフォーマンスが象徴的ですが、表現の内容や形式のみならず、それを発表する場も横断的であった。しかし、現在ではそれぞれに細分化された研究者、キュレーター、プログラマーといった各分野の専門家がいる。細かい検証や調査が進む側面もありますが、当時あった横断性をカッコに括らざるを得ないという問題もあります。例えば、エクスパンデットシネマやパフォーマンス映画を上映する際に、既存の映画館では難しいので、美術館、ギャラリー、ライブスペースといった場所での発表の機会も増えています。こうした形式的な共同を通じて、当時の横断性を表現するというか、再現できる可能性もありますが、それぞれの場所や空間は既に制度化されているわけですから、そう容易ではないでしょう。
成相 
 おっしゃる通りです。当時を見返すことで逆に美術館側の空間が問われるということはあるでしょう。クロスジャンル、インターメディア、領域侵犯、或いはエクスパンデッドといった言葉が交わされていた背景にはすでに専門領域化への危惧があったはずですが、今はさらにタコツボ化している状況です。横断的な活動を美術館の制度内で見せることには白々しさが伴うかもしれません。しかし、例えばグラフィティの展覧会をやっても美術館に入ればそれは漂白されてしまっている、という批判があったとして、美術館の中でこそ獲得できる視点はあるはずです。環境を含めて紹介する意義と責任もある一方で、本来あった繋がりを切断した状態で新たな文脈を形成できるのが展覧会です。そこは割り切るほかなく、展覧会の論理、美術館の論理を研ぎ澄ますしかないと思っています。
平沢 
 当時はアンダーグラウンドでやっていた実験的な作品を、現在に再現しようとした場合、独力で出来る内容ではありません。要するに、日本であれ、海外であれ、美術館や文化機関、或いは何らかの助成に依拠しないと、企画自体が成立しないわけです。表現として再現が可能かという問題とともに、こうした制度に依拠して再現するべきなのか、については賛否が分かれるだろうと思っています。
成相 
 予算などの制約と絡んで、ポピュリズムとの距離感には常に悩まされます。社会教育施設として、あるいはもっと端的に来場者を増やすという目的でわかりやすさに流れれば、当然安易な俗流解釈の蔓延を生むことになる。しかし逆に精度を高めて語れば、忌避感を呼んで結局は別の安っぽい解釈の人気を高めることがある。ポピュリズムを避けようとすることが却ってポピュリズムの蔓延に手を貸すというジレンマです。敷居を下げろ、という美術館に対して散々言われてきたクリシェは変容しつつある。なぜなら「敷居を下げた」言説は無数にあり、またそうしたものほど拡散しやすい環境があるからです。
「1968年」はそれこそ雑誌的になりやすいテーマですから、展覧会がどこに焦点を当てるかが見ものですね。冒頭で述べたように表現論としての切り口を、また出品物からいかなるネットワークが広がっているかを見せてくれることを期待します。そしてもちろん、現在へのフィードバックがあればいいですね。
細谷 
 調査や研究でも、過去の一枚のビラから投げかけられることがあります。常に自分自身が問われるような状況に身を晒して、当時の物や作家とのぶつかり合いをしていかないと、研究そのものは進んでいかないと思います。
平沢 
 実際の問題として、作家や関係者が亡くなられる時期ではあります。話を聞いたり資料を扱ったりすることが、すでに遅くなっていることも少なくありません。映画でいえば、最悪でもネガフィルムやオリジナルポジが残っていれば、作品として救い出すことができました。ただ、50年、60年が経過して、ネガやポジが残っていても、その素材が化学的に劣化し複製やデジタル化できない事例が増えてきました。上映や展示、研究も重要ですが、その対象となる作品を、オリジナルに近いメディアでいかに保存していくかが喫緊の課題だと思います。作家や関係者が元気なときに、こうした相談をするのは失礼でもあるでしょうが、作品を保護するという意味でやはり必要です。
細谷 
 作家本人が貴重で重要だと思っていても、作家が亡くなると家族にとってはゴミ同然だったりすることもあります。大事なのは関係づくりですよね。そこまで引き受けるつもりで研究に望んでいることをいかに理解してもらえるかが重要です。
成相 
 なるほど。50年という時間を具体的に感じさせるお話です。エフェメラの重要性と、その消失を食い止めることができるかどうかの瀬戸際にあるという現実的にして喫緊の問題も伝わる機会になると良いですね。 (おわり)

「1968年激動の時代の芸術」展

「1968年激動の時代の芸術」展
会期:~11月11日(日)/会場:千葉市美術館(千葉市中央区中央3―10―8)/開館時間:10時~18時(金・土は20時まで *入場受付は閉館の30分前まで)/休館日:11月5日(月)/観覧料:一般1200円、大学生700円([1968年割引]1968年生まれの方は生年月日を確認できる証明書を提示すれば観覧料500円)

【関連企画】
★講演会「1968年前衛の終焉―美共闘廃墟からの出発」
講師:堀浩哉(美術家)…10月6日(土)
★講演会「サイケのHAMANO、サイケとその後の世界を語る」
講師:浜野安宏(ライフスタイルプロデューサー)…10月20日(土)
★映画上映会「略称連続射殺魔」(1969年、監督:足立正生)…10月27日(土)
★映画上映会「新宿泥棒日記」(1969年、監督:大島渚)…11月4日(日)
*いずれも14時からスタート、11階講堂にて、先着150名、聴講・参加無料
◇巡回…北九州市立美術館分館(12月1日~2019年1月27日)
静岡県立美術館(2月10日~3月24日)

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