太田水穂『つゆ草』(1902) 見送ると汽車の外(と)に立つをさな子の鬢の毛をふく市の春風|書評専門紙「週刊読書人ウェブ」
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現代短歌むしめがね
更新日:2018年10月9日 / 新聞掲載日:2018年10月5日(第3259号)

見送ると汽車の外(と)に立つをさな子の鬢の毛をふく市の春風
太田水穂『つゆ草』(1902)

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太田水穂は1876(明治9年)に長野県東筑摩郡広丘村(現在の塩尻市)に生まれ、長野市にあった長野県師範学校(信州大学の前身の一つ)に進学した。この歌は師範学校を卒業して、現在の松本市に小学校訓導として赴任するために、長野を汽車で去った体験にもとづく。1898(明治31)年のことである。

『太田水穂全集』(1984)では「をさな子」となっている3句目が、小高賢編『近代短歌の鑑賞77』(2002)では「我が妹の」となっている。「いも」は万葉集などにおいては妻や恋人を指す言葉。みずみずしい恋とつらい別れを詠んだ歌が並ぶ一連の中に、この歌も入っている。遠くへと旅立つ自分と、汽車の外から見つめてくる恋人。恋人の鬢の毛が春風に揺れている。実にロマンティックな一首だ。現代の感覚からするといまどき恋愛ドラマでも見ないようなベタベタなシチュエーションであるが、なんといっても明治31年の歌である。山陽鉄道が日本初の長距離急行列車を誕生させてからわずか4年後のこと。動き出す汽車によって分かたれる恋人たちを描いた作品というのは、相当先駆的だったはずだ。

この歌に詠まれている汽車は、おそらく後の信越本線だろう。この5年前に群馬県の横川駅と長野県の軽井沢駅が延伸開業して全通したばかりであった。切ない別れからわずか2年後、篠ノ井駅からの延伸が完成したため長野と松本のアクセスはずいぶんと良くなってしまうのだった。
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