吉増剛造著 『舞踏言語 ちいさな廃星、昔恒星が一つ来て、幽かに“御晩です”と語り初めて、消えた』 (論創社、二〇一八年五月)刊行記念 『舞踏言語 吉増剛造との三日間』 ~舞踏×言葉×映像~  (2018年9月26日~28日)|書評専門紙「週刊読書人ウェブ」
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更新日:2018年10月6日 / 新聞掲載日:2018年10月5日(第3259号)

吉増剛造著 『舞踏言語 ちいさな廃星、昔恒星が一つ来て、幽かに“御晩です”と語り初めて、消えた』 (論創社、二〇一八年五月)刊行記念
『舞踏言語 吉増剛造との三日間』 ~舞踏×言葉×映像~ 
(2018年9月26日~28日)

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第2回
■垂直的な声と孤独な巨人

樋口良澄氏(左)と吉増剛造氏の対話風景
続いて樋口氏は大野一雄氏の言葉の難解さに触れ、「それはどこかある種の教条性みたいなものも帯びていて、はっきり言ってしまうと、その当時の大野さんには土方さんの呪縛みたいなものがあったのではないかと思う。大野さんがその呪縛から離れて自分の表現を新たに見出していくのは土方さんが亡くなった後で、自分の根みたいなものが踊りの中に入ってくる。そこで大野さんはまた一つ大きな転換を遂げたのではないか」と話した。

吉増氏は、「大野一雄さんという人はたった一人の巨人みたいなところがあって、あの孤独な巨人性といま仰った垂直的なものはどこか交差している」と語り、舞台の上での大野氏の印象を、「舞台上の大野さんはまるでそこに豹がいるような感じでものすごく怖かった。普段はとても優しい、類い稀なる喜びを持った、そして孤独な巨人だったけれども、一旦舞台に立つと底知れない恐ろしさがあった」と語った。

その後も大野氏の車椅子での踊りやベッドで寝ながら手だけで踊る、手の舞踏といった、全身舞踏家ともいうべき魂の舞踏や芸術表現について対話が交わされ、さらには「ものすごい手の人だった」という吉本隆明氏に話は及んだ。吉本氏の初期詩篇『日時計篇』の筆写を続けている吉増氏が、「手の方が頭より先に動いていく。そういう手を吉本さんもしていた」と語ると、樋口氏は吉増氏の筆写も手で考えているのではないかと指摘した。吉増氏は、「手で書いているのではなく、突き刺しているような感覚がある。それこそ雀が地面をコンコンとやるような、そうしたことの貧しさ深さ大事さというのは書くことの中にある」と述べると、樋口氏は、「それは吉増さんにとっての手の舞踏なのではないか。でも、そういう吉増さんのペンの動きも活字になるとひと通りのものになってしまう。「舞踏言語」というのは、そういう世界に生きざるを得ない我々が、それをどう実現していくか。どう生きていくか。そういうところなのではないか」と締めくくった。

最後に、大野一雄氏に捧げる一曲をマリリア氏が歌い、大野一雄氏のご子息で舞踏家の大野慶人氏による大野一雄の指人形の踊りが披露されると、会場は静かな感動に満たされた。
この記事の中でご紹介した本
舞踏言語 ちいさな廃星、昔恒星が一つ来て、幽かに“御晩です″と語り初めて、消えた/論創社
舞踏言語 ちいさな廃星、昔恒星が一つ来て、幽かに“御晩です″と語り初めて、消えた
著 者:吉増 剛造
出版社:論創社
以下のオンライン書店でご購入できます
「舞踏言語 ちいさな廃星、昔恒星が一つ来て、幽かに“御晩です″と語り初めて、消えた」出版社のホームページはこちら
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