最初の悪い男 書評|ミランダ・ジュライ(新潮社)|書評専門紙「週刊読書人ウェブ」
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読書人紙面掲載 書評
更新日:2018年10月6日 / 新聞掲載日:2018年10月5日(第3259号)

夢のような現実の手触り 
一瞬一瞬が光を放ちながら続く生

最初の悪い男
著 者:ミランダ・ジュライ
出版社:新潮社
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ついにミランダ・ジュライの長編小説を日本語で読める時がきた。ジュライは映画『君とボクの虹色の世界』で脚本・監督・主演をつとめ、第五八回カンヌ国際映画祭カメラドールを受賞したり、パフォーマンス・アーティストとして活動したりと多彩な才能を発揮している。だがやはり、読書家としていちばん楽しみなのは、“作家ミランダ・ジュライ”の活躍だろう。第一作目の短編集『いちばんここに似合う人』では、老若男女さまざまな人間の名状しがたいつながりを挑発的かつ軽妙に描いて、二〇〇七年のフランク・オコナー国際短編賞を受賞し、第二作目のフォト・ドキュメンタリー『あなたを選んでくれるもの』では、フリーペーパーに売買広告を出した人たちに話を聞きにいく大冒険をなしとげた。その彼女がとうとう長編小説という領域に足を踏み入れた。それが『最初の悪い男』だ。

主人公で語り手のシェリルは四三歳で独身の女性。勤務先のNPO団体では、自らが発案した護身術エクササイズのDVDの売れ行きが上々で、同僚との関係も良好。同団体の理事で、六五歳のフィリップが気になっており、自分からアピールすることも忘れていない。その生活は穏やかだ。自身が考案した「システム」に則って、どんなに気分が沈んで面倒な時も家が汚れないように管理することで、「自分が存在していないような気にさえなる」ほど、日々の暮らしは快適に保たれている。そこに上司の娘、美人で巨乳で衛生観念の欠落した足の臭い二〇歳のクリーが転がり込んできたことで、毎日は一変する。

傍からみれば、シェリルは地に足の着いた大人の女性のようにみえるだろう。自立し、安定して、青くささや死の匂いとも縁がない。しかし、実際の彼女は喉につかえを感じるヒステリー球に悩まされ、九歳の時に出会ってすぐに別れた運命の赤子クベルコ・ボンディが他の幼子に宿っていないかと探し、好きな男性の一挙手一投足に振り回されて、たまに突拍子がないこともしでかす。どこか臆病なところもあるが、彼女はみずみずしく情熱的な女性だ。ただ、本人ですらそれを意識していない。そんな彼女がまったく相いれない年下の娘との交流を通じて、自分を解き放っていく。

『最初の悪い男』の構成は緻密だが、その展開は驚きと変化に満ちていて、超現実的な感覚さえ覚える。そのためか、ずっと夢のような現実の手触りがある。この場合の「夢のよう」とは、眠りの中の出来事がどれだけ奇妙で滑稽でも、これは夢ではない、現実なのだと納得してしまう類いのものだ。この夢のような現実の手触りがキャラクターの思考と感情に密度を生むために、シェリルたちキャラクターの生き様が私たち読者に重なるように思えるのだろう。ひょっとすると、現実に街を歩く落ち着いた女性たちも、シェリルのように鮮烈な感情を内に秘めているのではないかと思わずにはいられない。

シェリルの人生は前向きの時も、後ろ向きの時も、空回りする時も、人と取っ組み合ってのたうちまわる時もある。だが、どの瞬間も美しい。人の人生には宝石のような瞬間が一度や二度しかないのではなく、人生それ自体がきらりと光る瞬間の連続体なのだと本作は教えてくれる。ある瞬間がまばゆいほどの輝きを放っているようでも、それは見る角度を変えた時に光の度合いが変わってみえるに過ぎない。一瞬一瞬が光を放ちながら続く生。どうかそれを味わってほしい。(岸本佐知子訳)
この記事の中でご紹介した本
最初の悪い男/新潮社
最初の悪い男
著 者:ミランダ・ジュライ
出版社:新潮社
以下のオンライン書店でご購入できます
「最初の悪い男」出版社のホームページはこちら
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