おいぼれハムレット 書評|橋本 治(河出書房新社)|書評専門紙「週刊読書人ウェブ」
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読書人紙面掲載 書評
更新日:2018年10月6日 / 新聞掲載日:2018年10月5日(第3259号)

落語調の笑いの怪作 批評用語を笑いのめす奔放な言説空間

おいぼれハムレット
著 者:橋本 治
出版社:河出書房新社
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「ああ、もう話がグダグダで、何が何だか分かりゃしねェ」と老いぼれハムレットの相棒ホレイショーが嘆くのも無理はない。読んで面白かったか? どれくらい笑ったか?

そう訊ねられても、困ったことに(本気で困っちゃいないけど)、それが何だか自分でも分からねェ。しかし、どうやらそこにこそ『ハムレット』の落語文体の語り直し『おいぼれハムレット』の秘密がありそうだ。でも、じいさんばあさんの秘密や企みなど、あってないようなもの、虚実がぐじゃぐじゃのまんま、丸ごと忘れてしまい、間歇的に思い出し、また忘れ、しかも居直りだって、癇癪だって好き勝手。私もじじいだから、そこはよく分かる。

で、ありていに言えば、この落語調の笑いの怪作をどう読んでいいか、自信がなくなったわけです。そこで私より二十二年も長く本格的なじじい生活を送っているK師匠に、『おいぼれハムレット』を読んでもらった。自他ともに認める(他と言っても、師匠の老妻と私の二人だが)、今でも壮健な読書人。私がもたもたしている間にさっさと読了。急かされて、ようやく面会。私は、いつも小僧あつかいにされる。このご老体、私よりも頭が円滑に動き回るところが、厚かましくもじじいの分際を越えた最大欠点。

私:登場人物にまず意表をつかれましたね。原作ではハムレットもオフィーリアもポローニアスもクローディアスも死んでしまっているけど、みんな生きている。ご隠居と呼ばれるハムレット王は八十歳をこえ、クローディアスは百八歳で……。

K:ほら、もう間違えた。みんな、別人でしょう。そのおいぼれハムレットは死んだハムレットの息子、三代目のハムレットで、二番目のまだ生きている四十を越えた独身の王子がクローディアス、おいぼれハムレットの弟の名もクローディアス、で、母にして兄嫁のガートルートは……、いや、誰が誰だか私も混乱してきた、粗筋なんぞ、もっとわからないし、どうでもいい。

私:師匠にして、そうですか。ここにあるのは、正気なのかボケているのか判然としない、アウト・オブ・ジョイントの奔放な老いの言説空間で、『ハムレット』の後日談の稀代未聞の〈アダプテーション〉と言っていいですね。

K:青くさいね。〈アダプテーション〉だって? そんなワカモノ言葉なんぞ、やめなさい。〈アダプテーション〉みたいな、洋物のしゃらくせい言い方なんか関係ないし、それにすんなり納まるような代物じゃない。おいぼれの気ままな、お喋りからすれば、〈アダプ〉ちゃん、しっ、しっ、よそに行って遊んでな、だよ。

私:怒らないで下さいよ。ともかく、おいぼれ連中が好き勝手に喋っているライブ感覚がすべてなんですね。じゃ、楽しいところはどこです?

K:旅回りのおいぼれ劇団、座頭の市川ジョン乃助の公演『ゴンザーゴ殺し』の混乱ぶりだね。

私:この劇中劇、つまり〈メタシアター〉はですね……。

K:〈メタシアーター〉だって? またか。懲りない人だね。この劇中劇だって観客と役者が入り乱れてぐちゃぐちゃにして、ぶっこわしてるじゃない。そんな洋物の批評用語を大事そうに使う青くさい方々が、おちょくられてるんだね、おいぼれ連中がよってたかって放言、空言の垂れ流し、じつに痛快だ。

私:最後に墓堀り人夫からの言伝で、袱紗包みからシェイクスピアの髑髏が現われますよね。酒を注ぐと「お前ェ、ふざけるのも大概にしておけよ」と叫ぶそうで、これは恐い。

K:うーほほほ、がっは、がっは(笑うつもりが、むせる)。ついでに、〈信用できない語り手〉なんていう利いた風な批評用語も、からかわれている。おいぼれどもの、妄言、虚言、狂言、壮語のパワー全開だよ。

私:BLマンガに夢中で、ハムレットとホレイショーの仲を疑って、「いけないんだわー!、いけないのよー!」と胸をときめかすのが、尼さんになった老女のオフィーリアというのも、面白いですね。違ったかな、たしかこういうところ、ありましたよね。ローゼンクランツとギルデンスターンかな、まあ、どっちだっていいですけど。
K:保冷ショーがあってこそ、ハム劣等が防げるわけで……
私:お待ちください刺傷、じゃなかった支障、でもなかったお師匠、そっちのお遊びの方向に行くのは汚泥の悪路、お年寄りは転んだら、たいていそれでお陀仏。だから、私が最後を締めますよ。くたばりそこないの老いぼれどものわけのわからない妄念・妄語の活況を口演した橋本治に座布団二枚、ついで速記の労苦に耐えた酒井捏造にも一枚。お後はよろしいようで、次の高座は『異邦人』とのこと。このおいぼれ話をしのぐ、驚天動地の「アホウ人」または「違法人」の登場でなければ、お客の足は足早に遠からず遠のくでしょう。
この記事の中でご紹介した本
おいぼれハムレット/河出書房新社
おいぼれハムレット
著 者:橋本 治
出版社:河出書房新社
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