愛の日本史 創世神話から現代の寓話まで 書評|アニエス・ジアール(国書刊行会)|書評専門紙「週刊読書人ウェブ」
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読書人紙面掲載 書評
更新日:2018年10月6日 / 新聞掲載日:2018年10月5日(第3259号)

日本の論者にないユニークな着眼点 
時代と地域を越えた比較文学的視座は斬新

愛の日本史 創世神話から現代の寓話まで
著 者:アニエス・ジアール
翻訳者:谷川 潤
出版社:国書刊行会
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日本の「デート・スポット」についての研究発表をパリで聴いた際、日本ではごく普通にあるデート・スポットが特有の社会現象として研究の対象になるとは、と感心したものであった。ことほどさように、愛や性は人類“普遍”の“本能”ではなく、文化、社会によって多様であり、本書もフランス生まれの著者ならではの、日本の「愛」についての斬新な評論となっている。『古事記』『万葉集』から歌舞伎、能、人形浄瑠璃、三島由紀夫、コンドームの広告に至るまで、対象は広範囲にわたり、全十七章、合計九十九の物語が論じられる。「今日の日本のモンタージュ写真」(日本語版序説、三頁)と述べられているとおり、同人誌のイラストや昭和の漫画雑誌の表紙、森口祐二(一九七一~)の絵が添えられているのも、現代日本の恋愛観と古典の世界を結ぶ上で示唆的である。

本文でも、『源氏物語』の雨夜の品定めで語られる嫉妬深い女性の恋と、中原中也「羊の歌」の「人恋ふる涙」が結びつけられたり、河瀨直美監督映画『朱花の月』が描く自然の「循環的運動」と、能『求塚』が表現する愛と死の「大いなる循環」(四五〇頁)が関連づけられたりと、近現代の日本文学、映画との共通性が指摘され、海外の論者による日本文学、文化論も多く参照され、時代と地域を越えた比較文学的視座による新鮮な知見が多い。

男女関係だけを切り離して論じるのではなく、遊女・揚巻の名が、メビウスの輪のような結び目を意味することで、男女の離れない関係、ひいては、日本神話が語る聖なるものの根源としての「<結び>の原理」(二〇二頁)を象徴するとの指摘があり、遊女・夕霧の「霧」という名に、春の「霞」と秋の「霧」を区別する日本詩歌の繊細な感性をみいだすなど、日本文化論としても興味深い。能の音楽は「霊の表現」であり「シャーマニズム」とも関わるという能の翻訳者、演者の議論も紹介され(四七八~九頁)、随所に日本芸能論の要素も含まれる。

『平家物語』や能で描かれる敦盛と熊谷直実の恋を解釈するにあたっては、日本語で恋に関係する<契り>という言葉が「言葉を折る」という意味であり、そもそも日本人の恋や約束は、明確な言語による愛の告白によるのではなく、プレゼントの包みを折るように、幾重にもくるんで遠まわしな表現をとることが多いとされ、日本人が気づきにくい表現や動作の意味が哲学的に解釈されるのもユニークな議論である。

序説タイトルが「むなしさの経験としての愛」とされているように、全篇から浮かび上がってくるのは、日本の表現にみる愛が、歴史を通じていかに強く死やはかなさと結びついてきたかである。親鸞と恵心尼夫婦、一休と女性との関係にも言及しながら、日本の仏教世界においては妻帯が否定されず、女性が尊重されたという面にも目配りされているが、同時に述べられているように、和泉式部の<色好み>や女性のセクシュアリティは、女性を「穢れ」とみなす鎌倉新仏教からは否定され、それは、「愛は幻想にすぎない」とする「禁欲的仏教」(三四八頁)自体にも影響を受けている。かほどに「愛」や「恋」がペシミスティックに語られてきたのであれば、読者として、現代日本に恋に消極的な草食男子が出てくるのも納得させられてしまうのだが、ひるがえって、日本のメーカーのコンドームのCMが世界的に評価された(七一頁)とはいかにも皮肉であり、やはり日本の論者にはない著者ならではの着眼点である。

ドイツで日本の男色について発表した際、現地の研究者から、男色への不寛容が稚児の死に結びつくのかと質問されたが、実は恋愛そのものが、古代から現代に至るまで、無意識のうちに日本社会のタブーなのではないか、と本書で気づかされた。心中のドラマや現代演劇が人気であり続けるのもむべなるかな。

「百物語」のパロディの最後一つは読者にと委ねられているが、これからの日本にはいかなる恋物語が紡がれるのか――。
この記事の中でご紹介した本
愛の日本史 創世神話から現代の寓話まで  /国書刊行会
愛の日本史 創世神話から現代の寓話まで
著 者:アニエス・ジアール
翻訳者:谷川 潤
出版社:国書刊行会
以下のオンライン書店でご購入できます
「愛の日本史 創世神話から現代の寓話まで 」出版社のホームページはこちら
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