鈴木薫×黛秋津=対談  新たな「世界史」の見取り図  『文字と組織の世界史 新しい「比較文明史」のスケッチ』(山川出版社)|書評専門紙「週刊読書人ウェブ」
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更新日:2018年10月12日 / 新聞掲載日:2018年10月12日(第3260号)

鈴木薫×黛秋津=対談
新たな「世界史」の見取り図
『文字と組織の世界史 新しい「比較文明史」のスケッチ』(山川出版社)

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第6回
■「漢字世界」と科挙制度

黛 秋津氏
黛 
 個人的に興味があったのはやはり漢字圏と梵字圏で、非常に対照的な世界で政治的統合や宗教の役割などは全然違うのですが、それぞれが一つの世界を作っている。
鈴木 
 違うけれどやはり立地が似ているんです。そこは一つのメインになっているんです。たとえば、ローマ帝国はオイクメネで国境がないからどこまでも広がれる、もっとも広がれるところまでしか広がれないのですが。ただローマ帝国は死んでしまったわけです。一方、中国の方は天下なんです。天下国家だからあれも国境がないんです。自然境界はあるけれども観念上の国境はなくて、中国の天下とローマのオイクメネはよく似ているんです。しかしローマのオイクメネは死に、天下は生きている。そこが非常に違うと思うんですね。
黛 
 中国は今、一帯一路の拡大路線で、漢字圏が広がりつつありますね。
鈴木 
 かつてイスラム教徒が十六世紀初めくらいまで仕切っていた海と陸のシルクロードを、今度は中国が仕切ってペルシャ湾、紅海までおさえようということなんですね。大きく分けて世界というのは、七世紀の半ばには今の配置の原型ができて、文字世界でいうと、中国は自らの世界で発生した文字である漢字を保ち続けている、いわば老舗で生き残っているのが東の方の漢字圏・漢字世界なんです。
黛 
 そうですね。漢字圏は変わらない。
鈴木 
 共通の文化・文明語が漢文で漢字を文字として受け入れる。文明論をなさる方って割に言語に力を入れるんです。西欧人は言語が音声のシステムだと思っていて、文字も表音文字なので文字にあまり着目しない。何を共有するかで違ってくるけれど、私が重要だと思っているのは文化・文明語が綴られる文字だと思うんです。民族というのは実態としてあるものではなくて、大体は言語を共有し文化を共有し歴史を共通体験として持っていて先祖が同じだと思えばいい。しかし、文化圏というのは民族・言語をこえて一つの言葉を文化語として共有して、有文字文化については文字を共有しているので、綴られる文字で見ていくと文化の違いを見やすいだろうと思ったのです。そのことをまずイスラム圏で思いついて、東の漢字世界を見ると、語彙とかつての文化・文明語としての漢文の共有で今では東南アジアだと言われているベトナムも漢字圏だと気づいた。

それで組織でたどっていくと大陸の漢字世界は、朝鮮半島もベトナムも科挙制度を受け入れているんです。もっとも漢字世界の周辺である東アジアの島嶼部の日本と琉球王国は科挙を受け入れていなくて世襲的系図社会ですが、中国は完全に科挙世界になって朝鮮半島はやや世襲的傾向が強くてベトナムはあまりよくわからないのですが、科挙を受け入れることによって特有の組織ができてくる。イスラム世界としてのアラビア文字世界では、君主の子飼いの暴力装置として奴隷軍人が出てくる。
黛 
 マムルークと言われる奴隷軍人ですね。 
鈴木 
 その支配組織要員はアッバース朝の時代に使われるようになって、イスラム世界の中核地域ではオスマン朝までそれが流れてきていて、オスマン朝の軍事力の中心だった常備歩兵軍団はマムルークのオスマン版という面が非常に強い。
黛 
 軍事面だけではなくて行政政治を担うエリートもそういうところからリクルートする。
鈴木 
 アラビア文字世界では、特に君主専制的・中央集権的な王朝の場合はそういう組織ができてくる。ただ弱みはイスラムの教義とマムルークは関係ないことです。権力の正統性の根拠と権力の中枢を担っている非常に重要な社会層とがイデオロギー的に統合できていない。漢字世界の場合は科挙試験の中心が漢文で言葉を共有している。文化的な統合をはかる上で、野心的な人間たちを統合する軸として殆ど万民に開かれた自発的能力試験である科挙制度が果たした役割は非常に大きかった。科挙の中身が詩文と儒学に偏っていようと、文化を共有し文化的なアイデンティティを共有している集団がエリート、サブエリートの大半を占めているということは決定的なんです。
黛 
 それが地方にまでしっかり根を張って影響が及んでいるというのが中華世界の統合一体性を高めているわけですね。
鈴木 
 中国は「一乱一治」と言われていて、一度治まると割れる。辛亥革命でまた割れて、中華人民共和国ができて今のところ「一治」の状態になっているけれど、またどこかで割れるかもしれない。しかし基本的には「一治」が保たれる、あるいは「一治」に復帰するでしょう。かつて中国では儒学によって皇帝の権力の正統性が保たれていて、エリート・サブエリートたちが科挙試験を受けるために学んでいるのが儒学で、その試験を通ったジェネラリスト的文民エリートが高級官僚に採用されているので、支配イデオロギーと支配体制の担い手が共有する知識が一体化しているのが圧倒的に強いと思うんです。イスラム圏の場合はそれがない。
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この記事の中でご紹介した本
文字と組織の世界史 新しい「比較文明史」のスケッチ/山川出版社
文字と組織の世界史 新しい「比較文明史」のスケッチ
著 者:鈴木 董
出版社:山川出版社
以下のオンライン書店でご購入できます
オスマン帝国の解体 文化世界と国民国家/講談社
オスマン帝国の解体 文化世界と国民国家
著 者:鈴木 董
出版社:講談社
以下のオンライン書店でご購入できます
「オスマン帝国の解体 文化世界と国民国家」出版社のホームページはこちら
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