第二十六回 Bunkamuraドゥマゴ文学賞 中村文則×亀山郁夫 受賞記念対談レポート|書評専門紙「週刊読書人ウェブ」
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更新日:2016年11月4日 / 新聞掲載日:2016年11月4日(第3163号)

第二十六回 Bunkamuraドゥマゴ文学賞
中村文則×亀山郁夫 受賞記念対談レポート

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私の消滅(中村 文則)文藝春秋
私の消滅
中村 文則
文藝春秋
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亀山郁夫氏の選考による、第二十六回Bunkamuraドゥマゴ文学賞の受賞作が、中村文則『私の消滅』に決定し、十月十三日、受賞記念対談と贈呈式が、東京都渋谷区のBunkamuraで行われた。その対談から一部をレポートする。
受賞理由として亀山氏は「文学とは、どのような場面にあっても「私」の追求であるという点において、中村さんは深い謎を提示してくれた。我々はこれから、不確実性の時代を生きることになりますが、とりわけAIという問題が差し迫り、今後文学がどういうものになっていくのかが、作家の問題意識に入り込んできていると思います。そうした新しい時代への予感の中で、この小説はどうしようもなく予言的なヴィジョンを提示している、という直感を持ちました」「私がドストエフスキーという作家の中に見出してきた、「黙過」というテーマ。「黙過する側」と「黙過される側」という二つの力の対立が、この小説には独特なかたちで現われていました。加害者と被害者、或いは善悪の関係が、ウロボロス的な無限の循環を辿っていく、それをどう断ち切るのかという問題が、象徴的な結末として提示されます」「この小説を読んだ後、悪夢を見ました。夢で続きを読むような、心の奥の方に突き刺さってくるような、あたかも洗脳されているかの力を、『私の消滅』に感じました」と話した。
文体について

中村文則氏㊧と亀山郁夫氏
中村氏は「ドストエフスキーは作家の中で最も大きな存在で、亀山さんはドストエフスキーの翻訳者であり研究者、背後にドストエフスキーを感じる尊敬の対象です。その方から賞をいただけたことがものすごくうれしい」と語った。


亀山氏は、「私がこれまで優れていると考えてきた中村さんの小説と、今回は違う文体で書かれている。その違和感を拭うことができず、僭越ながらドストエフスキーの小説を翻訳するような思いで読みました。その「翻訳」が三回目を越えたときに、真の面白さが全容を表す興奮に満ちた経験をしました。またこれほどに伏線に満ちた小説はなく、これは一度読むだけでは読んだことにならない。再読で得られる面白さ、深さ、強さに、力を感じた」。それに対し中村氏は、「実は最初に普通に書いたものを、意識的に何十回も書き直しています。書き直すことで文章を荒らしているんです。僕の文体はもともとセンテンスが短い。日本文学は一文が長くあるべきですが、一方で短歌や俳句という、少ない文字で大きなことを描き出す文化があります。僕の文章も、短い文章でいかに大きなものを描けるかという視点から、助詞を省き、漢字を連ねて、会話文に近づけつつ軽くならないように、不気味な文章を作るところへ向かって書き直しを繰り返しました」。


亀山氏は、「驚くべきことにこの小説は、視覚的には歪であるにも関わらず、音読してみると実に読みやすい。また小塚の「手記」と同じことを、ドストエフスキーが『悪霊』の「スタヴローギンの告白」でやっている。ニュートラルな文章で書いて来て、告白部分で意識的に露悪的に文章を壊していくという実験。それは、フォルマリストふうに言うと「感性の自動化」でしょうか。すらすら流れてしまうところを、つっかえながら読まざるをえない、そこから生まれる深みがある」「ロシアのアバンギャルドは、それ以前のドストエフスキーなど十九世紀の文学を否定して、詩的言語でもって全く新しい形で古い文学を攻略しようとした。しかし『私の消滅』という小説は、ドストエフスキー的なものとロシア・アバンギャルド的なものを併せもっているのではないか」と評した。
黙過・絶対悪



本書の「手記3」では、本筋からやや離れ、宮崎勤について考察がなされる。それについて中村氏は「ノンフィクションを書きたいという思いがあり、結局小説の中に組み込むことになりました。それは、僕が宮崎勤という全く違う人間に憑依する新たな試みであり、『教団X』の「沢渡の過去」を書いたとき以来、自分が小説に引き込まれてしまうような感覚がありました。最初の方の一人称の手記では、僕の文体と宮崎勤に影響された妙な日本語が交じり合って、異様な雰囲気が漂っています。精神分析ではなく文学的分析として、これまでの宮崎勤論とは違うものになっていると思う」と話した。


「記憶の書き換え」や「洗脳」がテーマとなっている今作を、亀山氏は「「AI文学」の先駆」と評し、中村氏は「僕は人間の脳はAIと交換可能である、という前提に立っています。脳を人間特有のものと思っていない、つまり人間の脳がAIであるというような、「逆AI文学」といった視点から書きました」。また「黙過」のテーマについて亀山氏は、その象徴的な結末を、「父殺し」であると。中村氏は、「今回、「黙過」という「悪」の形を、ドストエフスキーから受け取りました。今書いている新聞連載では、おそらく『カラマーゾフの兄弟』の「大審問官」に手を出すことになると思います」と今後の大きな挑戦をあきらかにした。


中村氏は現在三九歳で、ドストエフスキーが『死の家の記録』を執筆し終わった年齢に当たる。亀山氏は「中村さんのドストエフスキーとの出会いは『地下室の手記』で、その衝撃をもとに芥川賞受賞作の『土の中の子供』を書いた。『地下室の手記』が書かれたのはドストエフスキーが四五歳のときで、マゾヒズムの発見によりその文学は大きく成長した。中村さんがデビューした最大のモメントもまた、マゾヒズムの問題。その点、ドストエフスキーと中村さんには二十年の差がありますが、二人の歩みは、パラレルに、ズレながら並行して進むような予感があります。一言、くれぐれも命を縮めないようにタバコの吸いすぎに気を付けてください」と激励した。中村氏は「この賞で今後の作家生活への励ましをいただきました。何とか煙草を控えて頑張りたいと思います」と語った。
この記事の中でご紹介した本
私の消滅/文藝春秋
私の消滅
著 者:中村 文則
出版社:文藝春秋
以下のオンライン書店でご購入できます
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